コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせい

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■ センテナリアン2016.11. 3

NHKの受け売りである。
百寿者(100才以上の人)のことをこう呼ぶらしい。
センチュリー(世紀)を生きたという意味だろうか。
彼らのインタビューで様に100才過ぎてから人生が急激に、圧倒的に愉快で幸福になったとおっしゃられていて、にわかには信じ難いがどうも真実であるらしい。
百寿者の方は一見しても幸福そうである。
見るからに老化していても、若さを存分に謳歌しているであろう世代よりはるかに面白いそうである。

この事実は個人的に本当に衝撃的で或る意味、驚天動地だ。
老いイコール苦しい、辛い、情けない・・・という勝手な思い込みを一気にブチ壊してくれた。
モチロン、センテナリアンに至るには少しの工夫と努力を要するのであるけれど、それほどヤヤコシイものではない。
長寿遺伝もそのパーセンテージは25%以下だそうであとは環境要因。なんか希望をもてそうですね。
食事に気をつけて軽く運動をし、愉快に楽しく生きていくのであるが「少しの工夫」というものをもっと紹介してみよう。

食事については活性酸素を除去するような食品を選んで食べること、即ち色のついた野菜とか青魚とか大豆・ナッツ類とか今、巷間あふれている健康的な食品を食せば良いのであるが、このことについては筆者の予想どおり腸内細菌を意識して選択するとなるとどうしても遺伝体質に配慮せねばならず、“地の物”即ちその土地や風土に合ったものを食べたほうが良いらしく、具体的には日本人の場合、味噌汁・納豆・豆腐・魚・野菜などをバランス良く食べるのが良いらしい。

これは長寿地域に住むセンテナリアンの研究でも明らかなことで、同じ「健康長寿地域」でも地元で採れた食材を食したほうが良いという結果が出ているようだ。
運動についてはとにかく歩け歩けとテレビで言っているけれども、一言で表現すると「身体負荷」という言葉に集約されるらしい。
つまり仕事や日常生活に身体的な負荷をかけている方が長命であるようだ。
長寿地域で男性の比率が高いところは皆さん生涯現役で、主に農業に従事し、それも傾斜の強い即ち山坂のある土地を行ったり来たりする「仕事」をなさっている方が長生きのようである。

筆者の仕事上の経験でも林業とかで山で仕事をしている男性は元気が良く長命で、例の方(夜の生活)でもいたってお元気であられた。

心の問題も重要であるらしい。
「満足感」が強いと若返り、健康、長寿に益するらしいが、この満足感も予想どおりというか良くない満足感と良い満足感があって、良くない方として性欲・食欲・行楽欲・買い物欲などの「自分」の満足を追求して満ち足りると逆に長寿健康によろしくないとのことであった。
良い満足感というのは「生きがい型」と呼ばれるもので、ボランティア活動とか家族を大切にするとか仕事を通じて世の中に貢献するとか・・・そういう言うならば世の為人の為に活動してその結果に深い満足感を得られると長寿健康にとても良いらしい。

どうも人間の存在というのはそのように「人の為・・・」に存するように神様からプログラムされているようで或る意味悲しいかな、たとえそれが自己満足的であっても「他者の為に在る」というのが健康や長寿ひいては幸福感の感得に必須の要素であるようだ。

「老年的超越」という言葉も耳新しい。
80才を過ぎると何でもたいていは、プラス思考になるらしい。
マイナスになることはあまり記憶しなくなるそうである。

「老いることは素晴らしい」というのが実際センテナリアンの人々の言葉である。

現在105才で医師として活躍されている聖路加病院の名誉院長であらせられる日野原重明先生が、マルチン・ブーマーの言葉を引用されて老いについては私見を述べられていたが「新しいことを創めることをやめなければいつまでも人生を若く生きることができる」そうである」と紹介されていた。。
Keyword
・腸内細菌
・微小循環
・身体負荷
・老年的超越
・生きがい型満足
・快禁型満足
これらのKeywordを参考に健康長寿を目指すことは幸福な人生の秘訣であり、どんなに老いさらばえても堂々と人生を楽しめば良いのではないか。

「老いることは素晴らしい」・・・のだ。
多分。

老醜など恐れることはない。
アンチエイジングも場合によっては「老美」を求めすぎて老いることを阻害するのではないか。
先に書いたコラムに世界中のイケメン俳優の早逝を思う時、老醜を厭うあまり早死にしたのではないかと推測しているところである。

ありがとうございました
M田朋久



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