[戻る] |
■ 苦楽 | 2016. 9.17 |
「楽は苦の種、苦は楽の種」という諺がある。 これの言わんとするところはあんまり簡単に「楽しちゃダメよ」ということだ。 つまり「楽は苦しみの元だから本当に楽をしようと思ったら少し苦しんだほうが良いですヨ」みたいに素直に読み解くことができる。 人間は朝から晩まで起きている間は選択の連続だ。 朝、起きるか寝たままでいるか、早起きするか朝寝をするか、歯を磨くか、顔を洗うか、ラジオ体操するか、朝の散歩をするか、それらを習慣にしているルーチンワークがあれば尚更それらの多くが恐らく「苦」の方に入るであろうから、どちらかというと皆さん全員苦の方を自然に選択していることになる・・・と想像している。 筆者など極めつけのモノグサ者で面倒臭がりだから、どんどん苦になっていいと思って決断したら朝からビールを飲んで風呂を沸かして入り、そのまま寝転んでテレビを見てまたビールを飲んでトイレ以外少しも体を動かさずゴロゴロしていると思うので「楽をしよう」と選択した途端、多分2〜3日で挫折すると思えるくらい苦の態を味わうに違いない・・・と潜在的に理解しているので朝は定時に起きて神棚に祝詞を上げて体操をし、シャワーを浴びてついでに歯を磨いてスーツを着てネクタイを締め、カバンと携帯を持って仕事をする・・・という所謂平日のルーチンワークをすることになる。 朝からビール・・・よりはるかに気分が良いから毎日「苦は楽の種」を実感していると言って良い。 近頃はそうでもなかったが学生時代の不摂生(朝全く起きず学校に行かなかった)がたたって社会人になってから朝起きるというのがとても苦痛で、これは40才くらいまでつづいた。 筆者の場合、朝起きるというのと仕事は頭の中でセットになっているので午前中は自然に仕事モードになる。 良い習慣というものはありがたいことである。 バスケットボールでアキレス腱断裂というケガをしてしまい松葉杖をしてハワイにセミナーで行く羽目になったことがある。 この時には空港の女性の職員の方がご親切に車椅子を用意してくださったが、これはめちゃくちゃ「楽」であった。 手荷物検査も税関も搭乗手続きもみんなやってもらって、とても楽ちんであったけれども、何かしら強烈な自己嫌悪と不健康な感覚がムクムクと腹中から湧き起こり、その後は車椅子の提供を丁重にお断りして全身汗びっしょりになりながら空港での手続きを全部「自分」で行った。 車椅子というのには何かしら麻薬的な魅力があって、これに浸って冒されてはイケナイと直感的に感じたのである。 これは「朝からビール」にかなり似ていると個人的に感覚したのでる。 「年を取って老いるというのはひとつの怠慢怠惰である」という言葉を知って無理のない若づくりは健康に好もしい考え方であると思える。 いずれにしても毎日、苦か楽かの選択を迫られたらチョッピリ苦を選択すること、安定と冒険との選択の時には冒険を選択するように心がけるのも毎日を生き生きと楽しく過ごす妙薬かも知れない。 経営者セミナーで度々言われることがある(耳にタコができるくらい)が「現状維持は退歩である」というものである。 毎日苦を選び、冒険を選び、挑戦的に生きることが若さや健康、本当の意味の「楽」への道なのである・・・多分。 そう思うとついつい遊惰に流れようとする自らの怠け心を上手に飼いならすことがひょっとしたらできるかも知れない。 「いばらの道は成功への道」という言葉もある。いばら道(苦)の先に黄金がある・・・何かのメタファなのか? また労働の担保は「忍耐心」であるらしい。 忍耐心とは何か? それは楽しむ力である。 苦しいと思えることを楽しむ力であり、やりつづける力のことである。 これはすべての職業人(専業主婦も含め)に捧げたい言葉である。 ありがとうございました M田朋久 |