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■ ノスタルジー | 2016. 8. 5 |
来生たかおの作品のコンセプトがこのノスタルジーだそうである。 デビュー曲である「浅い夢」はまさにノスタルジーそのもののようだ。 コンサートに3回ほど行った。 来生さんが40代の頃、50代の頃、60代の頃。 地元(人吉球磨に来たのが50代)、40代に熊本市、60代には福岡市でそれぞれその歌声を聴いたが、流石に年代毎に変化はされておられるようだ。 コンサートではご本人(来生さん)が必ず年令のことをおっしゃるので、よく憶えている。 彼のデビュー曲「浅い夢」は必ずコンサートで歌われるがそれ程ヒットしたワケではないそうだ。 確かに楽曲としてインパクトがなく一回聴いたくらいではその良さはワカラナイ。 何回か繰り返し聴いているとだんだん良い歌だなあと思えるようになった。 それでも30年以上聴いているのに最近そう思うのだから不思議と言えば不思議である。 ちなみに詩を書いてみると ♪夏の日の海の町 飛び散るきらめきの中 夜毎の海の宿 飛び交うざわめきの中 ひときわ眼を惹いた あなたの静かな横顔 明るい海辺には 不似合いなメランコリー♪ どこか遠くを見ているようで かき上げる前髪から 静かな目がのぞいてた その一瞬のときめきで あなたを選んでしまった♪ 浅い夢を見ているようで〜 私のからだ妙に軽くて 浮き上がりそうだった 夏の日の 海の宿 飛び交うざわめきの中 人知れず私は あなたの手を取った〜♪ 海辺の町、夏の海の宿の情景がありありと目に浮かぶ。 それもあきらかに少年、青年時代のソレだ。 しょっちゅう歌っているので憶えてしまった。 夏のツーリングの時にはヘルメットの中で良く口ずさんでいる。 深いノスタルジーに浸れる・・・。 かつて、海の宿は若者、少年にとっては特別なものであった。 そこで起こる淡い恋心を抒情的に歌い上げたデビュー作品「浅い夢」。 来生たかお氏自身にとっても特別な思い入れがあるのだろう。 大ヒット曲のgood-by-dayと同じようにコンサート会場では必唱される歌であり、作者(たかお・えつ子)の心象風景がそのようなものであったことが推測される。 現在60代を迎えたご両人の「歌」の傾向は「苦い別れ」のようだ。 男女の別れを切なげに表現した歌が多い。 さらに哀調を帯びた曲調、メロディー、歌い方、編集・・・、悪く言えば暗くなった感じ、良く言えばよりメランコリックになった・・・と思える。 そういうわけで若い頃の「浅い夢」を聴くとチョットほっとする。 初々しく囁くような声、短い歌詞のわりに逆にありありと脳裏に浮かぶ海辺の町の風景が心を癒やす。 筆者の内面の喜びの元が大概いつも、このノスタルジーであったことにあらためて気づかされる。 敢えて郷愁する時、心は沈み込むことなく浮き立つ感じだ。 少々臭い表現であるけれど「帰り来ぬ青春」の思い出が老年を迎えた心を瞬間的に確実に元気にする。 所謂「懐メロ」が心や健康に良いということが一般に知られているので「若い頃」を時々思い出しつつ、結局はごくごく個人的な青春の思い出を彷彿とさせる歌を聴いたり歌ったりしてノスタルジーに浸ってしまう・・・特に夏には・・・。 ありがとうございました M田朋久 |