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■ モンスターは野に放たれる | 2016. 8. 3 |
今も話題になっている戦後最悪の殺人事件のひとつ、相模原障害者施設殺傷事件。 死者19人。犯人は植松聖、26才。 マスコミの情報だけを信じればあきらかな精神疾患の罹患者である。 精神病院の12日間の措置入院についての物議が起こり、担当医の責任問題も持ち上がっているらしい。 12日間で治療が充分だったのか? 早期の退院は適切だったのか? 当然な疑問であろう。 英国では2000年にDSPD法なるものが制定され、危険で重篤なパーソナリー障害者(DSPD)の患者はその人物の人権を無視して当局が強制的に収監、入院もしくは治療ができるようになっているらしい。 人権より社会の安全への要求が優ったということだ。 2001年(平成13年)に起こった大阪池田小事件が思い起こされる。 同様の犯人・宅間守(吉岡守)は障害者ではなく小学生を「標的」に弱者を襲い死に至らしめるという意味でこの事件は酷似している。 その数々の奇行言動、前科13犯の宅間の方により深刻な精神的問題を思わせるが、典型的で広義なサイコパス(DSPDを含め)の犯罪として記憶されるべきであろう。 再発予防の為に・・・。 池田小事件については学校の安全対策ばかりが推し進められ「犯人」の対応については殆んど無策であったと当時も今も個人的には認識している。 あきらかに精神の病気という意味では両者についての医療関係者の対応も司直の対応も「人権」が大きな障害となっているように見える。 英国のような少々荒っぽい法律も視野に入れて問題行動のある精神疾患の患者さん達ご本人と周囲(家族、同僚、友人、地域社会)を守る為に早急な制度設計を要すると思える。 ご承知の方も多いと思うが犯罪そのものは先進国を中心にすべからく減少して来ているので、逆のこのような猟奇的殺傷事件が目立つのであろうけれど「犯罪は社会の鏡」と捉えなおして先送りはせず早急に法整備を行って欲しいものだ。 医療機関の一端を担う者として偽らざる欲求である。 かねてより「人権の優先」の為に、昔に比べ、対応しにくくなった医療者側の事情もあるがご家族への配慮という意味でも喫緊の問題であろうと思える。 世界的に見ればヨーロッパやアメリカの方がこのようなケースで、より厳しい対策が講じられているが、それはその数の多さと被害の甚大さによると思われる。 所謂サイコパスによる犯罪についてかなり昔に文献やら書物やらを読みあさってみたけれど、中には脳に器質的変化、たとえば脳腫瘍などを抱えていたケースもあったりして欧米の研究では未来予測として遺伝的要素、脳の画像診断を含めて人間を犯罪傾向のあるグループとそうでないグループに分けて監視する、強く管理するという時代が到来するかも知れない。 そんな風な監視社会は真っ平御免であるのでやはり早々に何らかのスッキリした法律でことがスムーズに運ぶようにして欲しいものだ。 もっと具体的には医療者、たとえば精神的に問題のある患者さんを診ているドクターに一定の権限を与えてもらって、もっとスムーズな措置入院とその期間が決定できるとか・・・である。今は手続きがかなり面倒煩雑で、警察も病院も自治体も、何よりも家族が「困りはてている」というケースがかなり散見されるようだ。一体何が問題の核心なのであろうか?やはり「人権」であろうか。 何しろ今は「本人の意志」が何よりも重視されるのだ。つまり周囲の強制力が、何か「コトが起こらない」限り行使できないようになっている。このために警察をはじめ医療者も権限を執行できないので、犯罪の予防ができにくい・・・いう事情があるようだ。 先日の報道を見ていたら医師にそれだけの権限が与えられていないのにその責任を負わせるような内容であったのであらためてここに記した次第である。 昨今は全体的に医師の権威・権限がドンドン軽んじられ縮小している風で、何だか面白くない上に、そのことが社会にとっても大きな損失なのではないか・・・と感じている。 そもそも病者に対して「モンスター」とは聞き捨てならないであろうが、周囲や社会から見れば、このような表現も妥当かと思える。 社会的には紛れもなく犯罪者なのであるから・・・。それも極めて凶悪な・・・。 追記:精神疾患の患者さんの多くはどちらというと大人しく弱弱しく真にお気の毒な方が多いので、上記の例は極めて少数派であることは強く申し添えておきたい。念のため。 ありがとうございました |