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■ 愛と暴力 | 2016. 5.28 |
初めて愛する人を失ったのは25才の時だった。 父の死の床は今でもありありと思い出せるが、少しく甘い感傷の混じった悲しみは37年経た今は殆んど癒えているけれど愛着と尊敬の思いは少しも衰えてはいない。 これほど父親に恋着を感じるのはメズラシイことなのであろうか。 映画や小説、伝記物などではあまり見聞しないので稀少派かも知れない。 酒乱と暴力と厳しいしつけ。ある種の火宅に幼少期の身を置いて子供心に父に対してどんな風に感じていたのであろう。少なくとも深い愛情と信頼に揺らぎは無かったようで、父の数々の家内での蛮行も親子の絆をさらに強固なものにしたかに見える。 不思議である。 子供心にも父の弱さ、強さ、脆さ、何よりも子供への情愛の深さを見抜いていたのかもしれない。 愛と暴力には共通点があるのだ・・・・多分。 それは無関心ではないという意味で・・・。 父の自分への暴力は大学時代までつづいたが少しも怒りとか憎しみとかを感じなかった。 ソレは暴力という形を取った愛だった・・・。 少なくとも個人的にはそう理解している。 でなければこれほどの深い愛情を父に感ずる筈がない。 絶対の信頼の中でおこなわれる鍛錬という名の暴力・・・体罰というものが必ずしも悪とは、どうしても思えない。 学級崩壊が相変わらずつづいている。 主に公立中学校で生じているこの現象は体罰の絶対禁止とそれらの意味合いの社会や教育関係者、マスコミの無理解から生じているのではないかと思える。 軽い拳骨もビンタも激しい叱責も禁止された教師が、いかに無力であるか想像にかたくない。 やれPKOだ、ボランティアだと言って紛争地帯に武器を携行しないで行っても全く援助ができないのと同じように・・・。 ガンジーの唱えた無抵抗主義もネルソン・マンデラの非暴力もトルストイの平和主義も子供への体罰をも禁じたものなのだろうか。 悪行に走る少年たちを優しい言葉だけで教え導くことができるのであろうか。 車の往来する道路に飛び出そうとする幼児を軽い体罰でもって禁じるのは悪なのであろうか。 警察が武器を携行しているように親も教師も愛情のこもった体罰という名の暴力、それが言葉であっても、一定の枠組みや限度、背景を鑑み妥当なものであれば、或る程度は許されるべきではないのかと筆者は考える。 子供は未熟なのである。 成熟した大人とはちがう。 ヒトは生まれつき人間になるのではなく経験と知識と何よりも良い教育やしつけによってはじめて人間になるのである。 教育されていないヒトは動物と同じ。 これらの前提がなく無防備な平和主義と同じく絶対の暴力非容認は逆に危険なものと感じる。 メアリー・グリピンという心理学者の実験では適切な体罰で厳しく育てられた子供の方がおだやかで思いやりのある人間になり、逆に自由に伸び伸びと放任されて育った子供たちは暴力的で無慈悲で思いやりのない人間になったそうである。 先日鹿児島県のニュースで教師の不祥事6件、うち3件は飲酒運転でのこり3件は体罰だとの報道があった。昨今の同県の教育レベルの凋落ぶりの一因かもしれない、体罰と飲酒運転が同じレベルの不祥事扱い・・・、個人的には強い違和感を覚える。 筆者は私立の中学・高校に通ったが教師や上級生の暴力は日常茶飯事であったが奇妙なことにビンタをくれた担任の教師二人には今でも強い親愛の情を感じる。 とても良い先生であった。 ジェラードという名の外人教師のビンタには軽い悪意を感じたが父親のソレと比較したらチョット頭を撫でられた程度であったので、今では結構良い思い出である。 執拗に暴力を繰り返していた山崎という先輩はとてもカッコイイ人で強い憧れを感じていたが“番長”という存在で生意気な筆者が目をつけられていたワケで、これにも強い恐怖とか嫌悪とかは無かった。 彼が卒業した後には大の仲良しとまではいかなくても仲間として集って遊んでいた。 今は暴力絶対反対のスローガンの下、中学校の組織としての体裁も危うくなっている。 教師は強い言葉で叱ることもできず、ましてや愛のあるビンタでさえも不祥事となってしまったのだ。 愛のない学校。 生徒への無関心が推奨される学校。 このような教育体制の中で一番可哀そうなのは生徒達なのである。 被害者は子供なのだ。 良識ある大人達の深考と猛省を促したい。 もっと真面目に考えようぜ。 子供の将来について・・・。 ちなみに筆者は自分の子供に体罰を与えたことは一度もない。強い叱責すらない。これらは全て奥さん任せである。ありがたいことである。 そういう意味ではあまりにも、他力本願的(母親や教師に頼って) あらためて体罰について語る資格はないのかも知れない。 そもそもモノを書くという行為、論評だけするというのは無責任きわまりない・・・という前提であえて筆を執ってみた。 言うまでもなく4人の子供たちはすべて父親より母親を信頼し愛しているようである。 ありがとうございました M田朋久 |