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■ 東京 | 2016. 1.25 |
真冬の早い夕暮れに舞い降りた日本航空のボーイング737型機はタキシングの途中でいったん停止し指定されたゲートに鼻を突っ込んだ。 聞きなれたチャイムが鳴るとドアが開き、円筒形のジュラルミンの機体から殆んど日本人が次々と吐き出された。 鹿児島発羽田行き。 便名は忘れたが流石にゲートアウトから到着口まで一直線に、ほんの10数m歩いただけで空港ロビーに出て、タクシー乗り場に辿り着いた感じだ。 ホテル名だけ告げるとメズラシク、タクシーの車中で無言。 前日の夜更かし、深酒がたたったのか、いつものようには頭に言葉が浮かばない。 ホテル玄関口まで全く沈黙で過ごした。 丁寧に慇懃にホテルの制服を着た男性がドアを開けてお辞儀をしてくれる。 慣れてくるとこれもそれほど有り難く感じないし感激もしない。 早々にフロントに歩み寄り、そそくさとチェックインして部屋に入り、風呂を溜めて湯船にひたり軽く体と顔を石鹸で洗うとバスタオルを腰に巻きつけバスローブをはおって「くつろぎ」全開の体勢で我が25才の愛娘の到着を待った。 投宿した○ホテルの居室の広さはせいぜい20平方メートル。 豪華に見せているのが現代のレベルでは高級ホテルというほどではないけれど、ルームサービスのメニューを眺めてみるとまぎれもなく値段だけは高級ホテル。 カレー3,500円、パスタ3,030円、ペリエ水700円、和朝食4,200円・・・一人で一泊するのにそんなところで贅沢をする気にもなれない。 カーテンを開けてもいつものような東京の空。 桃色がかったねずみ色が空を覆い、まるでその色はドブ川のソレである。 高層建築ではないそのホテルの窓外に広がる景色は殺風景な商業ビルの群れにさえぎられて何の風情もない。 ヤレヤレこれなら田舎に在する漆黒の闇夜にたたずむあばら家の方がマシに思える。 何と言っても夜空には満天の星、たなびく雲、冬空の下に冴えた鋭く尖った山影、川の水音など静寂を満たす、心を満たす何かがある。 少なくとも東京のホテルに一人で30インチもない小さなテレビでホテルの案内を見ているよりははるかに心豊かになるような気がする。 我が娘がコンビニの袋を持ってホテルのドアの外に立ったのが夜8:30。 12時過ぎまで語り合ったが、お互いに酔いがまわったのか軽い口論をして風のように去っていった娘。 生まれた時とは見違えるほど美しくなった娘も今流行りの痩せ体形。 もっと田舎くさくても素朴でも良い・・・というよりそちらの方がより好感なのに・・・と思いつつ翌日の講演会に備えて早々に薬を飲んでベッドに入った。 それでも午前2時をまわっていた。 何と侘しい夜だ。 「早く帰りたい」ふるさとの町に・・・。 そう言いながら講演会を終えて懇親会もパスして飛行機を早い便に切り替え、早々に鹿児島空港に降り立ったのが午後4:00. 冷たい氷雨のそぼ降る空港駐車場からクルマを引き出すと闇雲にクルマを走らせて・・・それは約3時間あまり、スッカリ夜の帳が下りた頃に我が町の高速インターのETCゲートを通過したのが午後7:00。 本屋に寄り数冊の雑誌とビデオを借り、数日間つづいた寝不足で鬱状態になった頭を強引に休めさせるべく睡眠薬と缶ビールを飲んでレンタルビデオを見ながら自分の布団にようやく優しく甘い眠りに着いた。 ヤレヤレ東京は嫌だ。 大阪より嫌だ。 あの空々しい空虚な感じ、人々の表情の無さが怖い。 また、そう感じる自分の心にも嫌悪感を覚える。 何もかもが空々しい。 空が無いから空々しい・・・のかも。 いつもながら東京に行くと心がブルーになる。 何故なんだろう。 ありがとうございました M田朋久 |