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■ クルマ遍歴 | 2015. 7. 3 |
本来「女性遍歴」問う言葉からの引用であるので時期が来たら挑戦してみたい。 今乗っているのが黒色のレクサス600hという国産の高級車で、7年前に何と新車で買ってしまった。 それまで殆んど中古車を乗り継いで来たところ、開業医の友人から「税金対策?」の為にも「何で先生が中古の安いクルマに乗るの?」と割に強引に周囲から買わされてしまった感じで購入してしまった。 黒い車というのも初めてであるし1000万円以上の新車も初めてであった。 開業医は医者という技術職、専門職という名の労働者であると同時に経営者でもある。 年商(売上)に対して利益(儲け)が出ればそこに税金がかかる。 医者の乗るクルマが多少高級でもその仕事の専門性、希少性、安全性を考慮するとポンコツ車や軽自動車に乗るのはNGであるらしい。 その上車両代は経費として税務上計上できるので少々高い買い物もそれほど贅沢というものでも無いらしい。 それでも筆者のポンコツ車好きという傾向があって、今のベコベコに傷ついて足回りにもガタが来て乗り心地の粗くなった走行15万kmの我が愛車が益々可愛くなってくる。 何せクルマに気を使うのが時間的にも精神的にもイヤなので、ピカピカに磨かれた新車・高級車が年月を経てクタビレテ全体に良いフィーリングを醸し出しているのが誠に好もしいのである。 黒色のセダンが公用車、ヤクザのソレである傾向を傷だらけの外観がそれらのいくらかよろしくないイメージをウチ消してくれるような気もするし、トヨタ車特有のSolidでヌメッとした手応えのない乗り心地もいくらか緩くなってガタガタと揺れて走りながらも流石世界一の自動車メーカー、天下のトヨタ車である。 8年間一度も故障というものをしたことがないのが何よりも有難い。 査定もせいぜい100万か200万円というところであろうし、このまま乗り潰す覚悟でそれなりに大切に愛乗して行こうと考えている。 18才で免許を取り最初に買った(正確には買ってもらった)のが日産サニー1200GXクーペ。 これはレンタカーで借りて乗ってみて、その素晴らしい軽さ、速さに惚れ込んで購入したワケでカタログの表紙のレザートップ、グリーンメタリックというツートンカラーの外観は今思うとゾッとするような悪趣味ではあるけれど、この緑色メタリックという独特の色合いも何とKAWASAKI14Rというオートバイに受け継がれて割と心にしっかりと馴染んでしまった。 ちなみにこのクルマは買って1週間で山道の離合(対向車とスレ違い)時に川側の崖から3m程転落させて左側をベッコリと傷顔にしてしまった。 弟と妹を乗せて川に魚獲りに行っている途中であったので親父からしこたま叱られて修理をしてもらえなかった。 運転は若者らしい性急さと粗々しさの混じったヘタクソなもので、スリップさせて水田に落としたりしたが同乗していた友人の親は何も叱責らしいことはなく、偶然に通りかかったレッカー車にロープで引き上げられ無事に帰り着いた時にも優しく温かく遇してもらったのが印象深い。 最終的に8月に購入して翌年の12月の深夜午前4:30に交差点の角のタバコ屋に突っ込んで大破し廃車になった。 この時には父親のツテで穏便に解決してくれて事無きを得た。 走行距離は10万km。 タバコ屋が新しくなった。 次に買ってもらったのがセリカ1600ST。 リフトバックとか言う今のワゴン車かライトバンのようにトランクと後部座席が一体となったクルマで、これもレンタカーで気に入って買ってもらった。 親がイヤに甘いと思われるかも知れないが、筆者がクルマよりオートバイが好きで、バイクは安価であるのでアルバイトしてでも手に入れて乗りそうな勢いなので、怖くて「あてがった」というのが真実で、父親は購入時には数週間は酒を飲んで荒れた。 当然であろう。 正直で率直で心優しい父親なのだ。 当時は年に2回以上はスピード違反で警察につかまって、なんだか凶暴なケダモノか正真正銘のキチガイのような按配であったが、それだけエネルギーが余っていたのか周囲の人に霊障とか言われてチョット危険人物のような腫れものに触るような接し方だったような気がする。 セリカは8年以上乗ったが10万km走行。 40年前よりトヨタ車の例に漏れずどんな荒っぽく乗っても故障は一度もしなかった。 流石〜。 大学を卒業して帰ってきてもセリカは「生きて」いたけれど、シルバーメタリックの日産スカイライン2000GTターボを買って、これは爽快なフィーリングで日産車らしいキビキビトした走りとハンドリングであったれど・・・。 どうしてもトヨタ車の何とも言えない、甘いしっとりした手応えのないモヤモヤとした乗り心地が懐かしい。 ・・・それで、やはり純白のトヨタソアラ2800GTという高級サルーンを買った。 この購入時には研修医時代の貯金を丸ごと吐き出して頭金にした。 それは40万円だった。 アメリカンジゴロという映画で主人公のリチャード・ギアが乗っていた黒のメルセデスベンツSLに憧れて、これまた同型と少し違う450SLというクーペを買った。 これは570万円もしたがソアラを下取りにして何とかローンを組んで手に入れた・・・けれどもまたまたカワイソウなことに1年チョットで廃車の憂き目に遭わせてしまった。 台風の日の晩、宮崎市方面で豪雨の中を軽快に走っていたら、高速道路上でいきなりスリップしてクルマが3回転しながらガードレールの両側にたたきつけられ、丁度長おにぎりを丸おにぎりにするようにガードレールに丸められて団子状態で停止した。 車長が約半分になってしまったけれどそこは流石にベンツ。 エンジンも止まらずドアも悠々と開き、ドライバー(筆者)もカスリ傷ひとつ負わず事無きを得た。 ありがたいことだ。 車両保険に入っておらずクルマ代はパー。 今思えば悲しい限りだ。 次に会社は故障が多いとゴールドメタリックのセドリックに乗って、ブルーの旧型パジェロ(20万円)を購入して乗り換えた。 スピードも出ずディーゼル車でガラガラと音を立てて走るオットリとしたクルマであったがこれがまたやたらに良いクルマで、筆者の乗り継いだクルマの中で最高と思えるものであったが、これまた台風の日の土砂崩れでエンジンがオシャカになってとうとうお亡くなりになってしまった。 残念無念。 このパジェロの思い出もいっぱいつまっていて、ここでは語り尽くせないが今でも涙が出るくらい感動的な人生物語に浸ることができる。 後述しよう。 次は性懲りも無く外車だ。 レンジローバー。 ゴージャスな外観とハンドルの形状が抜群であった。 そもそもクルマというもののフィーリングの基本はエンジンとか足回り(サスペンションなど)とかボディー剛性とかよりもひょっとしたらこのハンドルとシートのマッチングなのではないかと思える。 レンジローバーの中古を2台乗りつぶしてから新型のレンジローバーにしたところこれが最悪のクルマであった。 つまりハンドルとシートが最悪のマッチングで物凄く疲れるクルマ、長距離それも10kmくらいで腰痛が起こる。 BMW社に売却されたイギリス車はあきらかにツマラナクなった。 それで100万円でBMW525に乗ったけれども故障だらけ。 冷たい水を求めて砂漠を歩きつづける旅人が素敵なヤシの木の茂った水々しい緑のオアシスに辿り着いたように今のレクサス600hにおさまったワケである。 燃費と値段以外は大満足。 敢えてケチをつければ @リアのワイパーがない(すごく不便) ADVDが見れない Bカセットテープが聞けない(各種古い講演会テープ) Cダッシュボードの上にトレイが欲しい Dボディがデカすぎる Eボディー鋼製が柔らかすぎる。 こうして書いてみると意外に乗り継いだクルマの数が多いことに気づかされる。44年で10台。4年半に1台乗り換えている計算になる。ただし本当に愛したクルマの数は3台ほど。 順位は紺色の1位旧型パジェロ、2位レクサス、3位ソアラ。これらのクルマに乗っていた時に過ごした女性とオーバーラップするし順番もこれに準じている・・・気がする。 ありがとうございました M田朋久 |