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■ 空 | 2015. 5.15 |
ゴールデンウィークは一昨年と昨年はロンドンで過ごした。 5月の初旬のロンドンは日本より肌寒く、初夏とは言えまだ春の気候で、その日射しの割には陽気・暖気が低い。 それがまた心地良いのであるけれど、公園の芝生や草原で寝そべって音楽を聴いたり、本を読んだり、ビールを飲んだり、ボンヤリと空を見上げたりしていると、異国というより故郷にいるようなくつろぎを憶える。 不思議なことだ。 日が暮れてしまうとホテルの部屋へ帰り、軽く身支度をして近くのパブであらためてビールとフィッシュ&チップスの夕食をとりスーパーでサンドイッチを買ってウォッカをチビチビ飲みながら部屋でボンヤリと過ごす。 安いパッケージツアーなので、ひどく遠回りの乗り換えの多い不便で時間のかかる飛行機とランクの低い古いビジネスホテル。 全く居住性は良くないけれど、そんなことは全然気にならない。 高級ホテルに一人で泊まったらそれこそ居心地が悪い。 エアコンがあって睡眠薬で寝るだけのスペースがあればそれで充分。 かえって孤独感があって。 最近憶えた習慣で夕方のビールがある。 医院の3階は筆者のプライベートな居住空間で、それは一人で使うにはやたらに広い。 ついでにベランダというよりチョットした「バルコニー」と呼べるくらいの円形のスペースが南の空に向かって、まるで日光や夕方の残光を受けとめるよう広々と開いていてナカナカ素敵な空間である。 築25年目にして初めて気づいたことであるが、この階フロアーはテラスハウスと言うより間取り的には高級マンションと言っても言い過ぎではない・・・ということに近頃気づいた。 そのバルコニーに椅子を出して座っているとコンクリートの棚が目隠しになって街並みが見えない。 つまり空と雲と月とか太陽だけが視界を占める。 コンクリートの向こうが海か山か大都会の夜景なのかわからない。 そんな風景をしみじみと眺めながら缶ビールを傾けていると夕風、夜風が東南から吹いてきて物凄く心地良い。 そうして退屈になるとコンクリート棚にもたれてビールを片手に夜の街を眺める。 日本中どこにでもある田舎の家並みと小さなビル。 「春はあけぼの・・・」とか「私は夕暮れ・・・」とは言うけれど梅雨の前の5月の夕暮れはまた格別である。 そうして色々なことに思いを馳せていると自然に理由の無い涙が溢れてくる。 それが何かは分からない。 いい年をしたオジさんがベランダで空を見上げながらビールを飲んで涙を流している姿なんて絶対的に絵にならない・・・と思うけれど結構癒やされる。 夕闇が濃度を増してすっかり夜の帳が降りた頃に部屋に戻って再び寝床に横たわりテレビを観る。 いきなり現実に引き戻されテンションが一気に下がる。 何と言う一日だ。 月日が、人生がそうして確実に過ぎてゆく。 面白いのか面白くないのか、平和なのか狂騒状態なのか分からないけれど空という名の新しい友達が出来た感じがする。 それは350mlのビールと共に自分の心を少しだけ癒やしてくれるようだ。 ちなみに好みの空は澄み切った青空にまぶしい日光とかではなく、重く暗い曇天で黒灰色の雲が空一面を覆っていて孤独な旅人を襲う厳しい寒風の吹きすさぶ冬の荒野、地の果てといった風情のそれである。 ありがとうございました M田朋久 |