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■ おクスリ | 2013.10. 9 |
筆者は内科の医者であるので当然クスリを使うことが多い仕事であるが、そのことが「好き」で使っているワケではない。 またそのことで儲けようと思っているワケではないし、また儲かるワケでもない。 ただただ患者さんが治ってくれる、楽になってくれる為におクスリを出している。 またクスリの効果も絶大で、劇的に治ってしまう例も数限りない。 まさにおクスリ様様である。 定期購読している月刊「致知」の2013年11月号に銀谷翠先生という、若くて美しい女医さんが載っておられて、「クスリでは病気は治らない。」 「精神疾患には食事、栄養指導が大事。」 「精神病院はクスリ漬け」・・・であると述べられているが、部分的には全くお説ごもっとも・・・とも言える。 お医者様なのに「クスリ漬け」という言葉は聞き捨てならないが、多分そのような側面もあろうけれど、これは正確には事実誤認であると断言して良い。 筆者の場合、薬物治療については「過ぎる」より「足りず」での失敗例が多いうえに、中途半端な薬物治療などしない方がマシということはないけれど「依存」をつくってしまうこともあり、サッと治してサッと離脱してもらう・・・ということを目標としているので、件の女医さんのお説も全肯定するワケにはいかない。 そもそも医者は、昔は薬師(くすし)と言って薬物を上手に使いまわすことを生業としていた。 漢方医でも漢方薬系と鍼灸系などを分けられるらしいが、何かしら一辺倒とかこれだけみたいな論を唱えるお医者様には気を付けた方が良い・・・と個人的には考えている。 何事もバランスが大事。 有能な医者ならば、できるだけ多く選択肢を持っておくべきであるし、それだけ懐の深い見識が求められると思う。 決して何らかの説、論に固執するべきではないと思える。 友人の一人でうつ病を、薬を飲まずに9年かけて自力で治したと自慢気に言った男がいたが「アホか」と正直思ってしまった。 大切な、有限な人生の何と9年間をうつ病状態で過ごしたということが、いかにも「モッタイナイ」か考えが及ばないのであろうか。 ましてや自慢するようなことでもないと思える。 その個人の考え方であるが、病院に行ってチョット薬でも飲んで治せばコト足りることが多いのだから・・・。 こういう人とは議論をしたくないので「凄いネ」と言って何も言わなかったが、少なくとも自分の人生観の中にそのような選択肢は無い。 もっと有益なこと、プラスなことにエネルギーを使うべきであろうと考える。 昨今の風潮として、この「一辺倒」じみた論言が好まれる傾向があって、何かしらすべてにわたってバランスとか、中庸とか、分限というかありきたりで、平凡で通常のことに異を唱えて悦に入っている人が多いように思える。 ひとつの社会のトレンドとしての非薬物療法、代替療法、非医療的治療みたいなものの価値を認めないワケではないが、全体としてバランスを欠いた“主義”的な治療はNGではないかと考えている。 また誤解を招きやすいが、ホリスティック(全人的)医療=代替医療ではない。 漢方も西洋医学も代替療法も、さまざまな治療法をそれぞれに持っているが、医療の源流を辿れば、原始民族にとってのそれはまず呪術、祈祷師・占い師から酒を使う、つまり薬物(アルコール)を使う治療に発展し、それがさらに現代の薬物療法へと進化し発展したワケであるので、実はとても有難いことなのである。おクスリの恩恵を授かって心やすらかに、健やかに生きている人々が今現在山のようにおられるし、筆者とて例外ではない。 おクスリを治療のひとつの手段として使われないのはモッタイナイというのが筆者の考え方である。多くの製薬会社についても色々物申したいこともあるので、当たり前のことであるが、決して薬屋さんの回し者というワケでもない。 また殆んどの薬物は、その危険性よりも安全性の方が高く認められているし、世界的にも多くの治験を通して認可されたモノばかりである。 ただし、それらも予防医学的には日常生活上のさまざまな習慣、その最たるものは飲食(栄養指導)、人間関係、心理状態を超えるものではないが、それでも薬物治療の価値を滅殺するものではない。 後述するが、栄養指導とその実行によって完全治療に至る病気がかなり多く存するのも確かな事実ではある。 ・・・けれども即効性、利便性を考慮すると薬物に勝るものはやはり数少ない。 薬物療法の信奉者というワケではないが、非薬物という考え方も少し偏狭に過ぎると思える。 いつも同じでセリフで恐縮であるが、銀谷先生のお言葉のとおり、医療がアートであるなら、その求めるものも美である筈で、人間の感覚における美というものをつきつめるとバランスだそうであるから、何かしら偏った一方的な考え方には疑問と矛盾を感じる。 それにしても精神障害に栄養指導、ビタミンを含めたサプリメントが有効そうであることは筆者にも異論は無いし、月刊「致知」という雑誌もとても真面目で優良なモノであることはつけ加えておきたい。 ありがとうございました M田朋久 |