コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせい

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■ 恋月2013.10. 3

9月になると急激に気分が落ち込んでイライラしたり、涙が出たり、悲しくなったり、淋しくなったりする方が時々おられるようだ。

秋の夜のおぼろ月は、真冬のそれと比べてもその美しさに全く遜色は無い。
明々とした月光に照らされた山陰や街並みや、川面のせせらぎ、きらめく海原の上に青々と輝く月の幻想的な美しさは狼男でなくても、何かしらあやしい欲望を心の奥底に生じせしめる・・・ように思える。

満月には浄化作用があるとのことで、一人、遠景の山並みや町の家々を見渡せる自宅の三階のベランダで「氷結」のアルミ缶を片手に夜空を見上げて瞑目し、しみじみと月光を浴びていると、心もカラダもウットリと清められてゆく・・・ような気がする。

地球にとっても月の存在は、それ程小さいものではないらしい。
海の干潮は言うに及ばず、引力を中心とした地球へのエネルギー付与は絶大なものがあるとのことだ。
だいいち、月が無かったら年中、夜は真っ暗だ。
月夜の晩と闇夜の晩の夜の光の明度には大変な差がある。
太陽の光を反射する鏡としての月。
太陽とほぼ同じサイズに見える月。
その殆んど真円の球体が秋の夜空には浮かんでいる姿は、最も身近な「星」として、地球からわずか38万kmの彼方にあって、大宇宙の何億光年の巨大な星雲群よりもクッキリとした輪郭の明るい光芒を放って人々を照らしてくれている・・・。
ありがたいことだ。

地球は常に月と共にある。
月は陰、太陽は陽。
昼夜にそれがキチンと空に存し、人間の心にも多大な影響を与え続けている。

世界中の人が同じひとつの月を同時に見ているということにも、何かしら感動を憶える。
これは当たり前の事実であるのに、二人の世界に浸りきった恋人同士や、孤閨をかこつ独身の淋しい男女にとっては、月は自分一人のトモダチみたいに感じられるかも知れない。

いずれにしても、月は何らかの慰めを与えてくれるようで、心淋しい秋に眺める月には深い癒しの力が宿っているように思える。
春の月、夏の月、冬の月、いずれもなれなりに美しいけれど、秋の月はまた格別だ。

夜のとばりが降りる頃、早くなった秋の夕暮れに、空を少しだけ仰ぎ見ると、星の見えない大都会でも月を見ることができる。

この月を、それを見ることのできる世界中の人が一斉に、同時に、1分間くらい見つめてみたら、何か不思議な現象が起きるような気がする。

かぐや姫が1200年の時のかなたから再び日本の地に降臨し、多くの男共の心を惑わせ、とろかし「女性を愛する」ことの喜びを与え、ひょっとしたら景気浮揚とか心躍る恋心をもたらしてくれるかも知れない。
ロマンチックでせつない恋心を。・・・なんちゃって。

ありがとうございました
M田朋久



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