コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

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■ 東京オリンピック2013. 9.25

史上2回目の開催が決定された。
石原前東京都知事がオリンピック招致を先年言い出したのは少し唐突で、都民・国民の反応も冷ややか。
「また何か言い出して・・・」
どちらかと言うと物議をかもすといった類の発案が、いつのまにか挙国一致みたいな盛り上がりで、猪瀬現都知事のみならず、オリンピック委員会はモチロン選手、関係者、はては現総理・安倍晋三氏、皇族までその招致活動に乗り出して、結果的に東京よりも由緒ある古都、トルコのイスタンブール、スペインのマドリードをしりぞけて招致を勝ち取った。

その戦略、根回し、プレゼンテーションも見事であったが、競争相手国の脱落とも言える顛末であった。
イスタンブールは突如勃発した政情不安。
マドリードは経済不況と国民のコンセンサス不足。

客観的に見ると、マドリードやイスタンブールの方が、はるかに分があるかに思えた招致競争も、時間の経過と共に色々な問題が露出してきて、東京に決まったワケである。
まずはメデタシメデタシ。
株価にも好材料であったようで、経済効果も数兆円はあるとのことであった。
前回、ロンドンで行われたオリンピックは3回目。
東京が2回目でもヨーロッパ人、アジア人、アメリカ人みても特に異存はなかろう。

1964年、即ち昭和39年の夏に最初に行われた、この国際的スポーツの祭典は、当時、高度経済発展の真っ只中にあった日本にとって、国威発揚と国際関係への晴れ舞台とも経済発展へのハズミつけなど色々な意味で大成功であったようである。

当時、筆者は11才。
殆んど興味が湧かなかったが、学校でテレビの前に正座させられ、観せられたことが記憶にある。

女子バレーボールチームの金メダルは、彼女たちをして「東洋の魔女」と称さしめた。
円谷幸吉選手のマラソンでの銅メダルが印象的であった。

首都東京の交通インフラは、この時に整備されたらしく、早半世紀以上経ったことになる。
次々回に開催予定のオリンピックがどれだけのインフラ整備と国際舞台での日本の底力を示すことができるか・・・。
このあたりのパフォーマンス力についてはロンドンにその意気込みと技術力は勝るのではないかと思える。
開催一年後に訪れたロンドンの景観には、少なくともオリンピックの「爪痕」は残っていなかったようである。

いずれにしても「おもてなし」とか「3.11震災への国際援助への感謝」とか、招致の為にはあらゆる手練手管を使い、国全体で何かに取り組むのは、それが世の中に善なることであれば誠に喜ばしいことではある。

少なくとも国民に未来を創り出させるという意味で、オリンピック招致決定の意義は少なくないと思える。
関係者の皆様、大変お疲れ様でした。

ありがとうございました
M田朋久



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