[戻る] |
■ 総合診療医G | 2012.10.11 |
NHKの番組で、上記の番組を観た。 いくつか考えることもあり、少し書きつづってみたい。 内容は医学情報番組というよりは、ドラマ仕立ての謎解きクイズ番組の込み入ったものとも言える、どちらかというと怪しいモノである。 3人の研修医と素人の出演者と、解答を知っている専門医が出てきてエラソーに若い研修医に質問したり解説したりするもので、大学の医学部、もしくは大学病院で行われる臨床病例検討会のテレビ公開版みたいなものである。 こんな番組を一般の医学関係者でない人々、しかも全国版のテレビで放映して良いものかどうか疑問である。 ・・・というのは、そもそも医学というものは完成された学問ではないし、個体(人)差の問題もあり、医学教育の根本知識、つまり基礎医学というか基本的な理念とか思想というものに裏打ちされた、というよりそれらの深い知識を土台に考えていくもので、ある症状について素人的に新米の医者の推理小説の謎解きのような仕立てで軽々に扱うべきでないと考えるからだ。 具体的な内容について医学的に何ら問題はないものの、その確定診断までの思考過程をさらけ出して、果たしてこの問題(病気)の本質を正確に捉えることのできる人間が何人いるのであろうか大いに疑問であるし、多分に誤解を招く可能性があるのではないかということである。 「こんなに怖い○○」みたいな番組が民放であったけれども、それをややアカデミック風に本物の医者を出演させて制作されたのであろうけれども、決して視聴者に対して親切なものでも啓蒙的でもなく、ただ不安を煽っているだけのような気がした。 この番組はお医者さんが観るべきで、一般人が観るべきではないと思える。 別に秘密主義ということでなく、広く深い知識がベースに無ければ、その解釈について誤解を招きやすいのではないかと危惧するのである。 病気の症状の診断過程を推理番組のように放映してみんなで考えましょうというのには個人的には上記の理由から反対である。 物事というものは基礎が一番大切である。 また物事を考える時には多面的、長期的、根本的にという原則がある・・・というより個人的に持っている。 この考え方に基づくと、この番組の内容全てが中途半端であると断じて良いと思える。 医療は謎解きのゲームではない。 それに、この番組の内容のような知識レベル、診断センスでは一般開業医、少なくとも総合診療医にはなれない。 もっと多面的に、もっと根本的に、もっと長期的(普遍的)にと思えるし、とても浅薄な に感じたし、出演していた医者が全員マヌケに見えて、これは国民の日本の医療についての信頼性の低減を招くのではないかと思える。 具体的に内容を検討してみよう。 @何となくお腹が痛い → 虫垂炎 A首が痛い → 破傷風 B手首が痛い → アミロイドーシス C熱が下がらない → クローン病 こんな風な解答であったであったが、これは全く一般的なものではないと医学講義そのものでは興味深いが、虫垂炎以外には、稀なケースである。 モチロンこれらの病気を「見逃し」てはイケナイが、いつもこのような病気を想定しておくのは良いとしても、最初に想起する疾病ではない。 医者はその判断過程で、最悪の病気、救急で重い病気を常に念頭におくべきである。 ・・・けれども可能性の割合、つまり一般開業医のレベルで上記のような解答はレアケースであることは間違いないし、原因不明ということで診断手続きを正しく進めていけば普通の開業医なら辿り着く診断名である。 出現「頻度」としてみれば「お腹が痛い」子供の場合、便秘が最も多い。 虫垂炎も結構あるが、これも頻度は多くない。 白血病など小児癌というものも稀である。 一般に子供は重病が少ない。 大人の腹痛も便秘か、それにつづく腸閉塞が多く。 モチロン虫垂炎もあり、感染性胃腸炎もあるが下痢があるのですぐ分かる。 熱が下がらない。 これも不明熱として全身の検査をすすめていけば、殆んど正しい診断に行き着く。 37℃前後の発熱の場合、原因不明が多いが、これは多く病気ではない。 重い感冒とか肺炎とかの後遺症で、だいたい6ヶ月くらいで治まる。 時々、本態性高体温症というのがあるが、これはさらに問題ない。 甲状腺機能亢進症も微熱が出るが、これなど血液検査ですぐ判明する。 原因不明の「痛み」の「原因」であるが、最も多いのは意外にも「仮面うつ病」という心因性のものだ。 さらに痛みがある、不調であるからと言ってただちに「病気」であるとは限らない。 むしろ「病気でないこと」の方が多く、8割か9割はストレス、食べ過ぎ、飲み過ぎなどである。 いずれにしても、病気に限らず、物事には頻度・可能性、なりやすさの確率がある。 希少なケース、稀な疾病というものは、それが救急性の無いものであればじっくり取り組めば必ず、殆んど正しい診断に行き着くものだ。 我々、一般開業医の責務として、難病・悪性の病気を「見逃さない」ことが最も大切であるが、それらを治療する、精査する立場ではない。 このようなメズラシイ症例をテレビで放送するのは人々に恐怖感、ひいては医療機関への不信とか信頼への動揺とか不安とかを煽るのではないかと少しく心配しているワケである。 NHKの「ためしてがってん」とか、「こんなに怖い○○」とかのテレビ番組は、ただちに「嘘だぁ」と断じるワケではないが「そんなことは(滅多に)ない」ということをいかにも普通に起こり得るように表現しているところがケシカランと思えるし、背景に何らかの悪い意図があるように思えてこうして筆を執った次第である。 医学教育においては診断過程の習得が大切である。 一方一般開業医は結果がすべてである。 プロセスか結果か。これが大きくアマチュアとプロを分かつポイントとなる。そういう意味でこの番組には素人臭さが目立ってしまい、出演医者もどちらかといううとマヌケに見える・・・というう意味で思い切って批判をしているワケである。 何事も教育には「プロセス」は大事。「プロ」は結果である。 プロの野球選手なんか見ているとこれを強く感じる。すべからく「結果がすべて」なのである。開業医、多くの臨床医にとっても研究や勉強も大事だが、結果として患者さんを治してナンボ・・・なんである。 ありがとうございました M田朋久 |