コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

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■ 愁波2011.10. 3

この言葉は一般的に、女性が男性に対して視線を通して伝えられる信号を指し、性的な好意を示す時に伝えられる或る種のエネルギーのことである。
つまり「アナタが好きヨ」という無言有言のメッセージである。

本来は「秋波」であるが、何故、秋の心の波としたのか、ここで個人的に少し分析してみたい。

愁うる波。
つまり憂鬱に揺れ動く心、そしてそれを送る波動というワケであるけれど、これは言葉の使い方として大変興味深い。
何を愁うるかというと、アナタに「愛して欲しい」という愁いである。
端的に言うと、それは欲求不満ということでもある。
人間の場合、年がら年中発情しているワケであるから、相手(異性)を欲するという欲求は極めて自然なものである。

これが実は秋に高まるらしい。
秋に淋しくなるのは日が短くなって夕暮れが早くなり、早々に暮色に染まる街並みや枯れ葉の舞い散る街路の為ばかりではないのだ。

秋になると自然に高まってくる性的欲求の亢進が人をして人恋しくさせ、心淋しくさせているのだ。
「何だ、発情しているから淋しいんだ」・・・とも言える。
淋しいというのは誰かを求めているということである。
好きな人、求める人がいなければあまり淋しい気分にならない筈だ。
T miss you、淋しいヨ。

英語の方がもっと解りやすい。
アナタを失いました。
アナタを逃しました。
・・・だから寂しい・・・と。

「私は寂しいワ。だから私にかまって」という目の表情をその視線のエネルギーを典型的な秋波と呼ぶのだ・・・きっと。

さらに眉目秀麗の秀も愁と書かせて良いのではないかと思う。

美しい人の目の表情には必ずいくらかの憂い(愁い)が含まれているものだ。

髪の長い女性が俯いて涙を流す姿ほど男にとってそそられるものはない。
別に涙なんぞ流さなくても、幾分長めのマツ毛と多少奥行きのある深めの愁いを帯びた目の表情はとても美しいものである。
今の若い人のようにワザワザつけマツ毛を付けなくても、少し悲しそうに、寂しそうに俯いて髪をかき上げながら一生懸命仕事をしているとか、書き物をしているとかは全体として立派な愁波となって全方位に放射されていくのである。
本人の意志とは無関係に・・・。

かくして、このように完成された秋波はひとつの絶妙な媚態となり、色気となり、周囲の男共をときめかせ、魅了し、狂わせるのだ。
成熟した大人の女性であれば、これくらいの理屈とスキルくらいは身につけておきたいものである。

無闇に「秋は何だか淋しいの」・・・な〜んて言っている場合ではないのだ。

暑く灼けた夏ではなく、秋こそ本当の恋の季節なのである。

そのような欲求を持った老若の女性ならば怠慢してないで秋波の練習でもしましょう。
余計なお世話ですけど・・・

ありがとうございました
M田朋久


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