コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせい

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■ BOSS2011. 2.15

缶コーヒーのブランドとファッションブランドがある。
それに経営者向け雑誌にも全く同じロゴマークと名称があり、消費者としては結構まぎらわしい。

BOSS,ボス。
親分のことである。
トップ、リーダーと言っても良い。

大分県の「高崎山」。
猿の大集団の棲息する自然公園として有名である。
ここにはいくつかの群れがいて、それぞれ一頭のボス猿が集団を治めている。
哺乳動物の常としてそのボスは当然ながら雄である。

最近、前例のないボスの交代劇があり話題をよんでいるそうである。
9才で800頭以上を擁するB群のトップの座に就いたボス猿がC群のメスに恋をしてしまい、自らのボス猿としての地位を投げうってC群の最下層の下っ端猿として下積みからコツコツと叩き上げ、再び20年目にしてこれまた800頭以上の集団のC群のボスにのし上がったらしい。
前例の無い快挙であるとのことだ。
何ともロマンチックで「男」らしい話でもあり、所謂サクセスストーリーでもある。

英国の王室にも例があるように、恋の為にその地位を投げうつという話は人間社会でも時々見かけるが、この性欲(恋する力)とリーダーシップというものが必ずと言って良い程深い関連性があるらしく、そのことを少し書きつづってみたい。

「英雄色を好む」。
今や一般常識として誰もが知っている社会に受け入れられている社会通念であるが、人間も今のべた動物の社会(集団)では性欲の強い者が知恵も度胸も統率力も攻撃力もあり、強く逞しくメスを強力に惹きつけてボスとして君臨できる為の最大の磁力、カリスマの根源的な動物的エネルギーであると考えられているようだ。

多くのメスを孕ませる力。
精力、性欲というものが原始社会におけるボスの特質なのであろうか。
優秀な子孫を残す遺伝子のひとつに、このボスとしての魅力とチカラが女性に恋する力(性欲)の中に潜在しているのであろうか。

身分の高い男ほど女好きが多いが、特殊な暴力集団、例えば日本のヤクザ社会などについては、それは少し変容していて、ボスの存在がより純化されているものの、対象が女性(メス)よりも男性(オス)であるので趣がやや異なるようだ。
つまり「男惚れ」させなければならないので、男たちの集団をまとめる力としては性欲よりも一見自己破壊的とも言える生命知らずの攻撃性(男性ホルモン)と強烈な自己犠牲的美意識と強烈な自我とか獰猛さ、エゴイズムが混在した一種独特の変わった魅力を要するので、一般社会と猿社会の中間に位置する特別な集団と考えられる。
ボスの研究には大きな参考になりそうであるが、人間社会でボスの在り方については猿社会よりも美意識・様式美を追求した、より「人間」社会の性質に近いようで誠に興味深い。
何せボス社会という意味では「男」の世界を極端に美化し、様式化・儀式化して表現されていて「ヤクザ集団」でのボスの在り様は少し特殊なものであるようだ。

ところで猿でも鶏でも狼でもライオンでもボスの特徴というのがあって、これらを以下に列記してみたい。
まず、その集団のボスは外敵が現れた時に最も落ち着いて悠々としている。
また外敵から集団を守ろうとする行動が見られ、この場面で激しい攻撃性を発揮する。

筆者の経験でも医学検査、たとえば胃カメラとか一部の特殊な、多少面倒臭い、怖そうな検査の対象になる患者さんの場合、組織の長とか割りに身分の高い人ほどよ〜くリラックスして受けられ、マナ板の鯉のように自分を投げ出すように静かにしておられることが多く、チンピラとか組織の末輩にある身分の低い人ほど頑固で臆病でジタバタと怖がって検査に抵抗し、緊張し騒ぎ立てることが多いようである。

この落ち着いた態度・物腰というのとやたらに臆病で用心深いという性質が混在している方がトップとかボスの特徴のように思える。
しかしながら巨大な会社の創業社長の場合、この用心深さよりも圧倒的な冒険心と度胸の良さが見られ、雇われ社長や二代目・三代目となる程健全なリスクテイクを嫌がるようである。
その行動は敏捷性とゆったりした鈍重さの両方を兼ね備え、イザ戦いとなった時の行動の早さ、機敏さには目を瞠るものがあるが、普段の何事もない時の落ち着いた静けさと沈黙と従容さとかがその意図の有無に関係なく、周囲の者たちにさらに畏怖と恐れを生じさせるようである。

この高崎山の30才(人間でいうと100才くらいになるらしいが)の新しいボス猿の容貌をしみじみとインターネットの画像で観察してみると、人相ならぬ猿相というものが研究されているのかも知れないが、ごく素朴に一見した印象としてはその貫禄と威厳である。
顔相は人間ではないが、同じ類人猿として観察すると、その眼眸・双眸に宿る一種の狂暴さと穏やかな好々爺としての視線である。
大きな肉体とフサフサとした長い体毛にはところどころ老いの兆しがその変色ぶりに見られ、ますます長老ボスとしての威容風爽としている。
多少欲目というか、そう思って見るからなのかも知れないが、そのように思えてしまうのは当然かも知れない。
ホントはただの猿であろうけれど、人間社会も原始的には同じ発達をしてきたと考えられているので、現代日本のボス(総理大臣)とかにはそのような資質を少しも見ることができないのには寂しい限りである。
つまりボスとしての威厳も貫禄も無いばかりか、何だかオドオドしていてハッタリも慎重さも落ち着きも一貫性も欠けている。

一度激しい恋でもして、その地位も身分も投げ出してみてくれたら「お見事」と言って見直すかも知れないが、そんな度胸も気配も潔さも感じられない・・・のでそれらの人々に男としての魅力とか憧れとか殆んど皆無である。

この高崎山のボス猿は「ベンツ」と言う名前であるらしいが、今の日本の宰相よりも余程素敵な経歴であるし、実際に群れのメス猿たちの尊敬とオス猿たちに恐れを感じさせるに充分な迫力を備えているように見えた。
そういうワケでボスのあり方の純粋性としては猿の方が人間より優っているように思える。

政治家も経営者も校長先生もヤクザの親分も一度は原点に戻って、そのリーダーシップをボス猿から学んでみたら面白いのではないだろうか。
筆者の感覚では、人間の考える薄っぺらい浅知恵、智謀智略、計略、駆け引き、経歴に騙されずに純粋に自分達の大事なリーダーを選択する、もしくはリーダーになるべく精進している人々にとって、このボス猿の行動について学ぶべきところが多いように思える。
BOSS。
それはやはり大きな愛(欲望と感情の根源となる精神的エネルギー)、そして激しい一途な愛、純粋で生物としての原初的な「愛の力」みたいなものを持っている人、もしくはそのような存在で、その表現としての攻撃性と優しさの微妙なバランスしている・・・という特徴を有する「者」こそが今のBOSSに表面的なスキル、技術、才知の前に絶対的に必要な資質として自然に備わっているべき広い意味での能力と思える。

ありがとうございました
濱田朋久



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