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■ 偏食のすすめ | 2010. 4.13 |
医者や栄養関係の仕事をしている人の決まり文句に「バランスの良い食生活」をしなさいというものがあるが、これ程インチキくさくいい加減な言い草は無いと思える。 そもそもバランスの良い食事についてどれだけの人がどれだけ知識を持ち、どれだけ学んでいるのであろうか・・・疑問である。 言われた方も言った方も、良くその「バランスのとれた食事」について知らないことが多い。 近頃ではアンチエイジングとか、癌や脳卒中や心臓病、うつ病にならない食生活というものについて多くの研究がなされているらしいが、どれもこれも今のところ実証性が怪しい。 筆者の場合、実際に健康で長生きをした人々の話や書いたものは良く読んだり聞いたりしている。 色々な健康雑誌や書物も読んでいる。 その結果いくつかの検証された事実・情報だけをいくらか述べてみたい。 まず炭水化物を多く食べないこと。 これはご飯や麺類やパンや芋類など所謂でんぷん質のものであるが、これらはエネルギー源として爆発的な力を発揮する分余ってしまったエネルギーは体内で酸化(老化と言っても良い)を促す物質になり、肉体の老化・劣化を促進させてしまう。 激しい耐久的なスポーツや厳しい肉体労働をする人、たとえばマラソンとかトライアスロンとか木こり(今でもそういう仕事が日本であるのかなぁ)とか農作業とかする時には、米(炭水化物)は極めて即効力も持続力もあるエネルギー源であるが、普通のデスクワークとかかなり便利になった現代の主婦専業程度の軽労働では炭水化物は「重」すぎるのである。 じゃあどのような食生活が良いかというと、 第1に回数の問題があり 第2に量の問題があり 第3に質の問題があるが 第1の回数については、今は少ない程良いと考えられている。 つまり1日1回程度がベストだそうである。 モチロンそれぞれの肉体と精神の活動のレベルにより、多少の差があるけれども1日に何回も食べるということは、食べるたびにインスリンという肥満ホルモンを体内に分泌させ全身に強力な負担をかける。 第1食物の消化吸収とか、さらに代謝という体内の作業は実はその肉体にとって大変な「労」であるのだ。 1日1回の食事は軽い断食ということにもなるので、所謂飽食よりも世の中の為によろしい。 何故ならば生命を「殺して食べる」という個人的な量が減る分世の中に貢献していることになるし、ハングリー精神・忍耐力をつける為にもとても良い。 「毎日断食」とも言える「1日1食」主義は自らの健康と若さと世の為人の為に一石三鳥的にとても良いことだとごく単純に考えても思える。 次に量と質であるが、1日1回と決めれば自然に立派な食事になる筈で、炭水化物3/5・野菜2/5・肉と魚1/5という一般でも良く知られているバランスのとれた食事になる。 このような節制された食生活というものは、所謂グルメとか食べ歩きを趣味としているような「食いしん坊の人々」にはとても辛いものであろうし、生きている甲斐がないと思われるであろうか、何事も犠牲はつきものであるので要は個人の選択の問題であり、大きくは人生観の問題と思える。 「朝食を食べましょう」とか 「1日3度食べましょう」とか 「栄養をいっぱい摂って」とかは若さと健康維持の為には嘘であると考えて良い。 故あって一人暮らし5年目の筆者の体調と気分はいつもすこぶる良いが、上記のような理論・理屈に基づき1日1食もしくは1.5食を心がけ、また1日10数分程度筋トレとストレッチを欠かせないので肥満ともメタボともうつ病とも無縁でいる。 「先生はスポーツをしているから」と時々言われるが、ここ1年あまり何もしていないが軽い精神安定剤や抗うつ薬を少し服んでいる。 何となく有益そうなサプリメントも時々摂っている。 それはマカと朝鮮人参エキスとニンニクエキスであるが、これは男としての精力を保ちたいといういじましい欲望の恥ずかしながらあらわれであろう。 とにかくバランスの取れた健康に良い食事のメニューなど実は普通のレストランでも一般の家庭でもあまり見かけなくなって、それらは主にまっとうな仕事をしている病院か老人介護施設にしか存しないのではないだろうか。 そういう意味で一人暮らしかそれに近い生活を強いられている人々は新鮮な果物や野菜ジュースや青魚や玄米食などのヘルシーな飲食に向けて、どちらかというと今の現代食文化から見ると「偏食」に近い食事を選択してみるのも健康で快適な気分を維持する為の良いアイデアではなかろうか・・・。 ありがとうございました 濱田朋久 |