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■ 医者不足の実態 | 2010. 2.25 |
政府もようやく腰をあげて医師不足という社会の要求を受け入れて、久々に医学部の定員増に踏み切った。 以前議論されていたように「供給は需要を生み出す」という理屈から、医師増加は医療費の高騰を招くとの懸念から医師供給の抑制を行った。 これは当時の医師会からの要望もあったかも知れない。 その後、高齢社会の到来とともに慢性的な医師不足状態が生じ(これはマスコミの話であるからにわかに鵜呑みにはできないが)、確かに小児科・産婦人科・外科を中心に医師不足は存するようだ。 小児科・産婦人科はその呼称のやさしさとは裏腹に仕事の内容は過酷だ。 何せ深夜の仕事が多い。 救急の仕事になりやすい。 リスクが高い。 医師のストレス荷重がかなり高い。 夜に夕食を摂って一杯やって入浴してくつろいでいる時に病院から呼び出されるのはかなり辛いものだ。 モードが急に切り替わらない。 自らの心身をくつろぎから緊張にシフトさせるのは結構大変なのだ。 たとえば消防士のように非番・輪番がキチンと決められていれば良いが、どちらかというと警察官に近いのではないか思えるが、緊急とか救急というのが慢性的に日常的に年中起こり得るというのは小児科・産婦人科の開業医においては普通に常態化していることである。 したがって成り手がない。 つまりその科を標榜する医者の卵が少ない。 それだけ若い医者でも挑戦的・野心的な人が少なくなったとも言える。 一般の外科医もそうである。 熟練するのに時間と労力を要する上に、半ば徒弟制度化しているかつての医局制度により兵隊さんのように薄給でコキ使われる。 これは技術を習う職人、たとえば寿司職人とか料理人とかプロアスリート、中でも相撲取りなどと同じ理由で仕方のないことである。 こういう科にも行きたくないであろう。 自然に内科や皮膚科・眼科や整形外科などの比較的楽な科に足が向いてしまう。 このような「科」の問題に限らず、真の意味での「医者不足」というのが、何故生じたのかということについて少し考えてみたい。 以上書いてきた問題の他に医師の偏在とそれぞれの医師の労働時間の短縮と女医さんの増加、行政の実態を無視した官僚的制度というおおまかに3つの要因があると思える。 偏在は特定の医療機関、たとえば大学病院などの教育病院とか医師数を一定枠に決められた大病院などは、その病床数・外来数に応じて行政から決められて医師数を一定の下限を保つように制限される。 つまり大した仕事がなくても、また逆に膨大な数の患者さんを診る羽目になった医者も決められた数だけ定数として医師が勤務していなければならないという法律の為に自然的に偏在が生じてしまうというところがある。 もっと言えば一般企業のように医師ひとりひとりの労働生産性(患者さんをいかに効率よくなおしていけるか)はほとんど無視されて、どちらかというと公務員的に制約を受けて仕事をしなければならないという実態がある。 このことは先年に施行された医師の教育制度改革によって拍車がかかった。 つまり実質的には医師の教育期間が6年から8年になるような制度がいきなりできてしまい、実働できる医師数が一気に減ってしまったという問題が生じた。 さらに診察しないと点数にならないという新しい制度のために、たとえば安定している慢性病の患者さんは血圧のくすり、糖尿病のくすりを病院に取りに行くにも医者にイチイチ会わなければならなくなり、お互いに時間を空費・浪費してしまい、これまた医師の労働生産性を下げてしまう結果になった。 つまり、一人で診れる患者さんの数が時間的・物理的に少なくなってしまったのだ。 こういう理屈は小学生で解る理屈である。 その上近々のお医者さんはどうも労働を厭うようになったように思える。 つまり、労働時間の短縮である。 筆者とて例外ではない。 開業当初、20代・30代からすると極端に労働時間が減ってしまった。 これは当時にあまりにも長時間で過酷な労働であったために「週36時間までしか働かない」という目標を自分の命を守る為に打ち立てた結果生じた有難い現象であるけれども、全体的に他のドクター達も昔からすると何となく働くなった感はある。 これは或る意味いたしかたのないことであるし、決して悪いことではない。 時代の流れである。 「サラリーより余暇が大切」 「仕事より家族が大事」 というトレンドが過去にも現在にも存在しているというのは事実である。 さらに医師全体に占める割合の女性医師の相対的増加である。 女医さんは多く結婚とか出産、子育てにより一時期かなりの期間仕事が充分に出来ない。 モチロン男のようにバリバリと仕事をする女性も少なくないが、やはり少数であろう。 この問題はやはり大きい。 したがって単純に人口千人あたりの医師数などにあらわれない実態としての医師不足は確かに存在しているのだ。 WHOの統計などでも人口割に対する医師数は先進国の中ではやや少ない方であるがそれほど極端なものでもない。 このような事情から医学部の定員数増加は当然の帰結であるけれども、いつも筆者が思うのはこと医療制度についてはわが国のみならず世界中で制度と実態のミスマッチの最も多い業種業態ではなかろうかという感想である。 厚労省の官僚の人々に現場を一度くらいしっかりと見て欲しいものだ。 モチロン我々医師側の非も無為無策も屈託なく指摘して欲しいものだ。 追記 行政というものはどこの国でも社会の後追いをするものであるらしいが、その追いつく時間差つまりタイムラグを縮める努力はお互いにするべきであろう。 医師という職業は国家から免許をもらってする。 開業医であれば郵便局のようなものである。 制度のしばりはモチロン絶対に必要と思えるが、その手綱さばきにはかなりの工夫を要すると思える。 ありがとうございました 濱田朋久 |