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■ AVATAR | 2010. 2.16 |
サンクリット語でアヴァターラ、「権現」「化身」などの意味があり、最近ではテレビゲームやインターネットコミュニティ上でのキャラクターを指す言葉としてもよく使われているようである。 映画史上記録的な大ヒット中のSF娯楽超大作、アメリカ映画のタイトルだ。 監督はジェームズ・キャメロン。 「エイリアン」「ターミネーター」「タイタニック」 とメガヒットを数年越しに飛ばしている。大したもんだ。 3D画像が素晴らしいと聞いていたが混雑をさける為と、画像のオタメゴカシ的サプライズを取り除いて、純粋に映画としての完成度と芸術性と娯楽性を評価する為に敢えて3Dではなく2D(普通の画像)で観た。 物語の設定は、他の天体(星)の生命(ほぼ人間に近い)と人間との戦いとなっているが、新大陸アメリカにおける先住民(インディアン)と、白人との戦いに、似せてあって、殆んど、他のSF映画よりも違和感なしに観賞することができる。つまり、突拍子もなく奇抜なアイデアというワケではなく、登場者もそれぞれに地球に現在する動物や人間を、軽くデフォルメするカタチで製作されている。或る意味で古典的で普遍的なストーリーなのではないだろうか。 それでも構想14年、製作に5年とかかけた大作らしく、作品の完成度はかなり高いと言える。 脚本もしっかりしているし、画像が素晴らしく音楽もそれなりに楽しめるレベルである。スター級の俳優は、助演のシガーニー・ウィーバーくらいであるが、今や堂々たる60才のおばさんである。 エイリアンでの初々しさは無いものの、その若々しさ、逞しさ、美しさは相変わらずである。 物語には色々なメッセージが、込められていて、たとえば、 ・自然破壊の問題。 ・行き過ぎた、経済至上主義。 ・先住民の大量虐殺への、悔恨。(これは殆んどのアメリカ人の心の中に罪悪感として残っているようである) ・企業の資源開発への欲望とそれへの警鐘、安易な軍事力行使に対する反省。 ・神物や、祖先や、自然への信仰心。 ・愛と平和への祈り。 聖なるモノというのが、EIWA、愛のエネルギーとして表現、呼称されていて、オモシロイ。アタマにHをつけると《平和》となる。神聖なるものと愛の結合した神々しいものへの呼称が日本語のそれと重なるのが、意図的かどうか不明であるが、ナカナカ興味深い。 このEIWAの導きによって、異性人の女性と、人間の男性が、恋に落ちるのであるが、最初は異様で、怪異に思えた、まだら模様の肌を持つ異人種のナヴィが人間よりも美しく見えてしまうところが怖い。 大阪で初めて、有名なオカマバーに行った時と同じ感想を持った。 最初はキモチワルイと感じたオカマさんが、見慣れてくると実際の本物の女性よりも美しく感じるようになる・・・というような感覚である。 人間の美意識も、結構うつろいやすく、不安定なモノらしい。 これはもう大ヒットマチガイナシである。特に子供達、若者達には大受けであろう。 見慣れたCG画像はゲーム機のソレであるし、ディズニーワールドのアニメティーであるし、中でも、動物、(鳥とか、ライオンとかのようなモノ)とか、鳥のようなモノにまたがって、自由に地上や空を乗りまわすシーンなどファンタジーそのものであろう。映画というものの娯楽性の本質を追及した作品としては、後世に残る名作と言えるかも知れない。 鳥や動物に乗る時、前屈みに腰を浮かせて、巧みに乗りこなすのを見た時には、筆者のバイク乗りの感覚に似て、素晴らしいスリルと躍動する空中浮遊感を味わえた。 懐古趣味、(インディアンと騎兵隊)ディズニーランド(テーマパーク)の様なアニメティー。 世界と自然と現代社会へのメッセージ性と、色々な意味でテンコ盛りの映画でもある。 過去のインディアン映画の名作 @ダンス・ウィズ・ウルブズ(ケビン・コスナー監督主演でアカデミー賞) Aザ・ラスト・オブ・モヒカン(ダニエル・デイ・ルイス主演、ヒロインにマデリン・ストウ) この2つの作品に宇宙的エッセンス(エイリアン、ターミネーター)をまぶして、料理した、豪華版、大盛り大御馳走映画であった。 シカ(のようなもの)を弓で射ち殺して、その物の霊を癒すところとかは、ラスト・オブ・モヒカンとの同一シーンであった。 インディアンに惚れ込んだ、孤独な騎兵隊白人と、インディアンに惚れられた白人との、出会いと恋とその文化への親睦と、どうかとはダンス・ウィズ・ウルグスそのものでありその後の人間対ナヴィ(異人種)との戦いも、騎兵隊対インディアンのそれと、全くと言っていい程の同一である。 このインディアン映画の両作品共筆者のコレクション映画の上位にあたるもので、ついでにインディアンの友人でメディスンマンとの長い会話とか、ハワイで、一緒に過ごしていた時の、彼のメッセージと、宇宙的で壮大なスケールの物語と、ハワイそのもののパラダイス的な自然の音とが、脳の中で奇妙にそして、見事に符合し、自然に心の中で、スッポリと納まった映画であった。 ちなみにこの筆者のインディアンの80才の老師メディスンマンから、賜ったホーリーネームは「ホワイト・バッファロー」でこれは直訳では白い野牛であるが、少し自慢気に述べさせてもらうと、聖なる野牛で、100年に1回しか表れず、仲間達(人間)を率いて、平和な場所へ導くという使命がある・・・・ということを思い出した。 この内容については、後で記述してみたい。 この老師も残念ながら2年前に他界してしまった。 この映画の最大にして最良の主題は、愛と絆である・・・・と思う。そしてそれは人と生命と大自然と宇宙と神と祖先と即ちあらゆる人工物でないすべてのものとの愛と絆への、讃歌・・・であると。 ありがとうございました。 追記@ リアルとヴァーチャル、現実とCG、アニメとリアルとの複合。画像全体に漂う雰囲気は、我らが宮崎駿アニメのものである。 いかにもアメリカ的崩し方だが、メッセージ性も似通っている。シャーマニズム、アニミズム、明瞭な自然保護と平和主義の立場と思える。 追記A アニメの方、つまりバーチャルの方の顔の表情が、微妙な心の動きを性格に表現していて素晴らしい。恐らく猫族猫科人間、たとえば、無毛のヒョウかピューマに擬した人間であるけれど、その表情は明らかに「現代の人間」そのものだ。 追記B 映画づくりの、良いとこ取り盛り沢山の複合、組み合わせ、豪華絢爛、自然なSFムービー。 当たるはずだよおっかさん。 |