コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

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■ 辛いことを幸せなことに変えるコツ2009. 2.17

単なる言葉遊びであるけれども、人間の幸福と辛苦というものの関係性について面白い発見であるなぁと思ってここに書き記している。

辛い(からい、つらい)という字に一本の横棒をてっぺんに一筋入れるといきなり幸いという字になることに気づいて、何かしらの屁理屈をつけて人を煙に巻いてやろう・・・などという悪企みではなくて、筆者の善なる意図を込めてエラそうに少し解釈をしてみたい。

人間の生活というものは辛いことだらけである。
筆者の場合、少年時代から最も嫌であったのは「朝起きる」ことである。
ヤレヤレ今日も一日始まるのか、「イヤな学校」に行き、「イヤな勉強」をし、親に山のように小言を言われ、大人たちや先生たちや、上級生や近所の悪童や、はては叔父やら祖父母やらからも蔑まれ、小突きまわされて日常を過ごさなければならないというのは「自殺しよう」と思ったくらいであったので、大人になって仕事を始めた時には心から胸を撫で下ろして「生きてて良かったぁ」などと吞気なことも実のところ言えず、相変わらず「朝起き」しなけれえばならず、とりあえず「仕事」をしなければならず、ついでに「メシ」を食ったり排泄をしたりとメンドウクサイことはなはだしい。

やっぱり自殺しようと何度も思ったものであるが、何となく辛い辛いと思いながらひたすたひたむきにそれらの「イヤなこと」をつづけていたところ、不思議や不思議、いつのまにやら「朝が好き」になり待ち遠しくなり仕事や勉強が楽しみになり、ついでに時々はメシを食ったり、それらの代謝物や老廃物を排泄することが何となく楽しくなってしまった。
ここ4〜5年前からであるから50才を過ぎた頃からである。

時には息をするのも「メンドウクサイ」なぁと思っていた時期もあったので、我ながら大変な「進歩」ではある。
子供の時から生きることへの恐れと同時に倦怠というものが心の奥底にいつも重苦しく沈澱していて世の中というものは誠に灰色がかった無彩色の暗欝なものであると思っていたが、40代半ばを頃よりそれが自然に桃色がかって来て、今はどちらかというと極彩色のバラ色の世界に生きているという実感がある。

それらの幸福感覚というものも実は数ケ月前に或る極親しい人を亡くしてから一気にまた元の灰色がかった虚無の世界に投げ込まれたものであるけれども「朝起き」とか「仕事」とか「勉強」とかについては一向にイヤになっては来ないので、やはり人間というものは「習慣のドレイ」とは良く言ったもので、今や「朝起きること」「仕事をすること」「本を読んで何かを学ぶこと」については何の痛苦もなくて、何かしらの悦びをもってできるようになった。
ここにそれをまとめて「辛いこと」も「一本の横棒」、言い換えるならばそれは「つづけること」なのではないかと考えている。

@平らかな気持ちで
Aひたむきに
B楽しみながら
Cつづけていくこと

によって「辛から幸」つまり辛い辛いと思っていたことが、いつのまに幸せや幸せやと思えるようになっていたということをお伝えしたいのである。
筆者もまだ毎日の日課で辛ことはある。
それは部屋の掃除と朝の体操と筋トレであるが、これすらも10年近くになって少しだけ喜びを感じるようになる時もあるが、今のところ苦そのものである。
ただしカラダの為と思って一生懸命やっている。
実のところ墓参りもメンドウクサイ・・・。
だいいち恥ずかしい。
こんなロクデナシの非行オヤジが墓前で少しだけ詫びたところで罪が軽くなるとは思えないが、今のところ大したバチは当たっていないので、やはりこれも「つづけること」で何とかかんとか大きな厄災にも遭遇せず、何とか無事に健康に生きている。
ありがたいことである。
皆様もというか今なさっていること、イヤイヤかも知れませんけれども、とりあえず三日、いや三ヶ月、いや三年はつづけてみたらいかがでしょうか。
30年つづけたら何となく奇跡が起こり、歴史になるなどおっしゃっておられる立派な人々も多くおられるようです。

追記@まとめ
辛+(−)=辛
(−)=継続
(−)+(|)=(+)=肯定的結果、プラス思考

追記A
幸福感を得る為には辛いことをつづけなければイケナイのかも知れませんネ。

ありがとうございました

濱田朋久


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