コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

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■ 忘れる力2008.10.11

「忘却は健康の元なり」
80才代で鋭い知性とユーモアで聴講者を魅了する医療経営セミナーの講師の方の名言である。
その他、「金と女は追うな。追わせろ。」
なんて言うようなやや過激な名言もお持ちである。

「イヤなことはすぐ忘れる」と言うのは、ここ数年憶えた心の技術であるが、馴れれば結構簡単である。
「思い出さなければ良い」
人間の脳は極めて精巧に出来ていて、一度脳に記憶されたことは決して忘れないそうであるから、「忘れる」というのは正確な表現ではなく「思い出さないでおく」という技術を考えることもできる。

仕事を終えた時に、何となく嫌な一日だったというように感じる時は恐らく嫌な出来事が多かったのであろう。
理由もなくムシャクシャする時は、いくら忘れる技術(思い出さない技術)を持っていても、何かしらのストレス発散行動、たとえばスポーツとかカラオケとかギャンブルとか酒とかSEXとか色々とその人に合った解消行動をとればそれなりにスッキリするものである。

それでもやはり人間であるから「あっ、また思い出した」「あっ、この嫌な感じ」は何なのだろうとかあれこれを思い巡らすものであるが、年令を重ね経験を積むウチにそれらの「忘却力」については、その気になれば誰でも身につけることができるものである。
そしてこの技術については、人生を生きる上で是非とも修得されるとかなりのストレスとか嫌な圧力を回避することができると同時に健康維持にもかなり有益な筈だ。

また忘却力は記憶力とも関連していて、物を保持する時に手を空にする必要があるように、脳にも忘却という記憶の空間が必要であろう。
記憶と忘却の関係性についてはまだ研究中なので、他の成書に譲りたい。
「坐忘」という言葉が中国の古典の中の荘子に出てくるが、これは「カラダの力をすべて抜きさって、心を虚しくしてただ坐っている」という状態を指すが、この時に得られるのは「道」の世界だ。
この「道」というのは説明が難しいが、世界を司っている、もしくは動かしている大いなるエネルギーみたいなものを示していいて、この「道」の世界にしたがって無為自然を宗として生きるのを最良最高とする教えであるから、「老子」と合わせて「道教」とか「老荘思想」とかと表現する。
英語では「TAO」などと言って西洋の方でも結構もてはやされていらしい。
「バグワン・シュリ・ラジニーシ」和名が「和尚」oshoという人が、この世界を西欧に紹介していて、出身地インド・日米で有名である。

話しがドンドンそれてしまったが、この「大いなる道」宇宙エネルギーを感得するためにも「忘」の心の作業が必要であるらしい。
この世界に無意識的に入ることを現代人の忙しいすべての人々にお勧めしたい。

健康法でも「忘の徳」人間関係でも「忘の徳」約束を忘れられるとshockを受ける人もいるもいるが、恨みつらみ、憎しみなど忘れてくれる人、約束を反故(ほご)にされても忘れてくれる友人というのは有難いものだ。

ありがとうございました

濱田朋久


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