コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせい

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■ 箍(タガ)2008. 7. 8

タガとは桶の(オケ)のまわりにはめる竹や金属でつくった輪のことであるそうな。
日常会話でも「タガが緩む」とか「タガがはずれる」という風に使用し、緊張がゆるんだ状態、年老いて衰えた状態、自暴自棄の様子を指す。
筆者にとってタガとは仕事であり、子供や家族である。
多くの人々にとってこれ(タガ)をはずしたいという欲求は誰しもあるであろうが、常識のある大人であれば「一人で眠る時」以外はナカナカはずれないものだし、近頃は酔払って地べたに寝てしまったり、言いたいことをズバズバ喋ってしまったり、夜の街で喧嘩をしたり等「タガをはずした」ことは滅多にない。
ここ10年あまりは酔払ったことも殆どない。
ついでに書いておくと、我ながら意外なことに仕事を病気で休んだことは30年あまりのキャリアで一度も無い。
いい加減、色々な場面や立場でこのタガをはずしてみたいとは思うのだけれども、これが滅多にはずれない。
これは言い換えると容易に「心を開かない」と言ってもよいが、「油断していない」というリッパな表現もできる。

裏社会で生きる人々、例えばイタリアのマフィアであるとかのドキュメントなどを読むと、「自分の教えていることを口に出すな」という金言があったりするし、さらには「自分の心の中」など決して人に漏らしてはイケナイなどという台詞がたびたび出てくるので、筆者はこれを読んでから本当の「本心」というものは誰にも明かしたことがない。

文章を書くとか、本を出すというのはとても大胆な行為であるらしく、或る意味危険な行動でもあるのであるが、筆者の場合極めて巧妙に自分で勝手につくり上げた自己イメージに沿って書いているような気がするので、読者の皆さんもどうかこの文章をもってして筆者の人となりを判断するのは控えられた方が良かろうと思う。
しかし概ね70%くらいの真実である。
新聞とかテレビとか雑誌とかあまたの書物なども時々は全くの嘘やデマカセも見られるので、それにくらべたら筆者の文章など殆ど嘘がないと言って良いと思う。
このコラムの目的が自分の言いたいことを文字にするという欲求と同時に、社会や人類に何かしらの貢献をしたいという多少浅はかではあるが、冒険心にあふれた動機で筆を執っているのでいくらかの辛口はお許し願いたい。

それで、このタガを多く持っている方が良いか少なく持っている方が良いかと考えてみると、できるだけ多く持っていて少しづつ緩めたり引締めたりして全体としては軽くゆるんでいるのが最も良いのではないかと思える。
たったひとつの桶のタガを命がけでしめているというのは、確かにドラマチックで美しいとも思えるが、それよりも先述したようにできるだけ多くの桶を持ち、それらをゆるめたりしめたりしながら全体としてその中身である水(人生)をより多く豊かに多少おおざっぱでも確実に活用する方がより安全ではないかと考えている。
少し卑怯なやり方かも知れないが、セーフティーネットみたいなもので、ひとつくらいタガははずしてしまっても良いかも知れないが、全体としてはしっかりしまって中の水は概ね確保されているというような状態を想像していただければ良いであろう。

中国の古典などを読むと、これに似た表現がよく出てくる。

ゆるんでいるようでしっかりしている
しっかりしているようでゆるんでいる

そのような人物が最高なのではないだろうか。
要は中身の水の問題であって、桶も中身が空っぽならどんな存在価値があるのだろうか。
単なる飾りか置物としてなら価値は存するかも知れないが・・・。

人生というものの焦点をこの桶そのものに当てている人を近頃多く見かける。
そのような人々を例えて上げるならば、マイホームを死守しようとする人々とか、家族という「形」をかたくなに守ろうとする人々とか、名誉や地位や金銭に重きを置きすぎる人々とか数え上げればキリがない。

それらは、みんな人生という水を入れる桶なのである。
それらをしめつけるタガなど中身が糞便や汚物であったならば早々にそのタガなどはずしてしまい、地面に返し、桶もサッパリと「解放」してスッキリした方が良いかもしれない。
筆者の場合、美しく透明でやや冷たい清らかで純粋な「水」を桶の中に入れておきたいし、その清らかな水でどんな汚物をも洗い流してしまいたい・・・。
ナンテ考えています。
まさに老子にある「上善は水の如し」が目標である。

ありがとうございました

追記@
水か桶かどちらかを重視するか人それぞれであるので、正邪善悪を論じているワケではありませんので、その点は付記しておきたいと思います。

追記A
何事もそうであるが、視点を変えるというのは結構楽しいアタマの作業である上に、色々な事物の本質を深考するのには是非とも必要なスキルであろうと思える。

たくま癒やしの杜クリニック
濱田朋久




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