コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせい

[戻る]
■ クルマについて2008. 7. 3

先にコラムに書いた帝王学の中で、割合クドクドしく出てくるのが、贅沢な生活への警戒心についてである。
それ程帝王にとって贅沢は悪いことなのであろうかと理由を調べてみたが、人心が離れるとか人民が苦しんでおるのに贅沢とは何事かと人々とか臣下の心が離れるとか、何となくありきたりな理由ばかりで妙に得心がいかない。
奇妙に納得させれたのは、百円ショップのチェーン大手のダイソーの社長のY氏の話である。
この方の説によれば、「贅沢をするとお金の神様が怒って貧乏になる」というものであるが、「贅沢は貧者への一里塚」なんていう言葉もあったりして、大成功している創業社長、実業家の話であるから流石に理論的な説得力はないが、「人心が離れる」という理由よりも個人的には納得しやすかった「お説」である。
この方の愛車は、トヨタのプログレというカローラくらいのサイズの少しだけ高級車であるが、その気になれば誰にでも買えるような普通のクルマである。
親戚の資産家の会長のクルマも、この灰色の古ぼけたプログレであるからさらに得心させられてしまう。

大金持ちの親戚の中で、唯一外車に乗っていたのが筆者であるが、この壮々たる富裕者の親戚に「くらべたら」確かにビンボーである。
乗っていた外車を、燃料を大食いして何となく乗り心地に問題のあった新車の我が高級外車をポンコツになる前に何が何でもサバいてしまおうと、国産メーカーの今や大トヨタさんに聞いてみると、結構高値で我が所有の外車を引き取ってくれるらしいので、気が変わらないウチにと大急ぎで残債を引き継いでもらって、その高級外車に見合うグレードのLという横文字のシンボルマークの国産の新車に乗り換えてみたところ、殆ど何の期待もしていなかった件の国産高級車のあまりの出来映えの素晴らしさにベンツとかBMWとかイギリスの高級車を贅沢にも乗り継いできて、外車というものに辟易していた筆者はそのおろし立ての新車を試乗して一時間ばかり乗りまわしてみたところいっぺんでこの新しい自動車に魅了されてしまい、まるで免許取立ての少年のように深夜までの約6時間あまりをドライブに費やしてさらに明日もそのドライブを楽しみにしているというような子供じみた心躍るような陶酔感をその車で味わってしまいこれはマズイことになったぞと危機意識を高めているところである。
何故かというと、殆ど90%以上失いかけていたクルマへの興味を初心者マークの新米ドライバーのように一気に再燃させてしまったからである。
これ程贅沢品というものには、人間の心を狂わせる妖しい魅力が潜んでいるのであろう。
モノというモノにはあれ程恬淡としていた我が心に大きな巨石を投じられ、性的好奇心以外殆ど感じ得なくなって、心軽く快々としていた心が重苦しい執着の再出現と同時に自らの人生と肉体のはかなさを思い、或る種暗然たる気持ちを抱くまでになってしまったのだ。

今さら何でクルマなのだと思いきや、クルマに強い興味を示す人々というのはまだまだ多数派であるのであろうか?
最近の国産車の性能の素晴らしさには驚嘆させられると同時に、得意そうに乗っておられる高級外車のオーナードライバーの人々を尻目に陶然としたドライブを心ゆくまで今楽しんでいる。
まだまだ元気で生きていきたく思わせるような強烈な魅力のあるクルマがこの世に存在していたことが或る意味とても大きな驚きである。

老いらくの恋に落ちてしまったエロジジイの気分である。
小気味がよく気が利いてしっとりと優しい色気のある知的な女性に出会ってしまったような衝撃がある。
そんな近頃発売された大トヨタのフラッグシップカーの乗り心地であった。
世界的な高級ブランドになる日がやってくるかも知れない。
少なくとも中身においてはイタリア車・ドイツ車を中心とするこれまでの高級外車よりは或る高級さへのテイスト以外はすべてにおいて優れているクルマであるように今は思える。
流石に日本企業の最大手「世界のトヨタ」の名品ではあったけれど・・・。

ありがとうございました

たくま癒やしの杜クリニック
濱田朋久
 


濱田.comへ戻る浜田醫院(浜田医院)コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせいよくある質問youtubeハッピー講座