コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

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■ あらためてプラス思考について考える2008. 5. 9

最近は「プラス思考」なんて言うと、古臭いとか逆に浅薄でネガティブな印象を持たれることが多いので声高に述べ立てる人は少なくなった感がある。
それでもやはり「プラス思考」とか「楽天的な考え方」というのは幸福な人生の大前提要件であるような気がするので以下に記してみたい。

少年時代から20代前半までやたらに何でも一生懸命努力する方であったので自分自身は今でも物凄く不器用でバカでアタマの悪い人間とずっと思っていて、その上他のヤツらは何であんなに調子よくスイスイと人生を渡っていくのだろうと不思議に思っていたけれども、多く好調な人間、幸運な人々、成功した人間をよく観察してみると意外にもアバウトでノーテンキで楽天的なエゴイスティックな人間が多くビックリしたものである。

オレはこんなにガンバッテいるのに何で何もかもうまくいかないのだろうと・・・。

こんな風にいつも悩んでいたのであるが、チョット自己啓発的な本を読んでみるとハッキリと明瞭に「楽天的考え方」つまり「プラス思考」を強く奨励してあってますます自分の愚かさというか無知に仰天したワケである。

患者さんの多くは悲観的にしか考えられない人がとても多くてネガティブな事柄をそれこそ朝から晩まで考えていて、少しも気分の良くなるような言葉であるとかイメージであるとかを持っていない人が多いことにいつも驚かされる。

明瞭明確に自分の望む良いイメージを心にありありと思い浮かべられる人は多くのスタッフや従業員の人々ですら実はあまり多くはない。

それに反して悪いイメージや言葉、ネガティブな情報や煽動的な流行を創り出すような情報は巷には溢れんばかりにテレビや雑誌や新聞を通じて流されるので、人々は良くアタマが混乱しないものだなと感心する。

筆者の場合、いつものようにそれらから一歩も二歩も離れ、出来るだけ自分のアタマで考え判断し情報を吟味しているので、近頃は習慣的にあまりネガティブな気分にはならなくなった。
いつもくどいように書いて来たが、テレビのニュース番組など殆どがネガティブな情報である。
筆者のかなり繊細で神経質でもともとはとても陰性でネガティブな思考パターンと同調してしまい、怒りや嫉妬や悲観的考えに侵されてしまうのであまりそれらに接触しないで、夜はラジオもテレビもない静かな部屋で本を読んだり瞑想したり、体操をしたり書き物をしたりして過ごしている。特に読書は推理や古典を選んでいる。

フィンランドの教育が世界中で注目されているようであるが、この特長は先生(教師)の自主性と責任性を重視して自由な教育手法を選択して良いようになっている。
その代わりに転勤も少なく研修等は結構頻繁に行われるそうであるが、もうひとつ着目したのは「歴史」の勉強の重要視である。

物事つまり現代に起こっているあらゆる全ての事柄は人間の長い歴史に照らし合わせてみると一見複雑に見える物事も割にシンプルにワンパターンに進行していることがわかる。

人間の寿命は長くて90年か100年そこそこである。
生まれた時は或る意味未熟そのもので、イチから人生やり直ししなければならない。
どんなに高く積み上げた富も知恵も知識も遺伝的に自然に子孫に伝わっているものもいくらかあるかも知れないが、多くは白紙に字を埋めていくように着実に日々、月々、年々教え込んでいかなければならない。

我が子らの愚かさ、無知さ加減を日常的に見るにつけ自分はもっと愚かだったことに思いを致すワケでもあるが、いかようにして自ら学んできた経験知や学習知を子供達に伝えていけば良いのか全く途方に暮れてしまうことがある。

そんな強い伝えたいメッセージとして、努力とか忍耐の重要性と共に、この「プラス思考」「楽天的思考」というものは是非とも身につけて欲しいと思い筆を走らせている。

これは多くの人々に伝えたいことである。
けれども少なくとも最低限実行してもらいたいもの、たとえば就寝時に寝床の中に絶対にネガティブなことや心配事を持ち込まないことである。

これは良質な睡眠を妨げるだけでなく、潜在意識に入ってしまい現実化してしまいやすいと同時に精神や本来はすこやかである筈の肉体をも病的な状態に導いていく強力な作用を持つのでくどいほどいつも述べている。

しかしながら残念なことに明瞭な意識でもってそのことを理解する人は意外にも少ない。

ありがとうございました

たくま癒やしの杜クリニック
M田朋久


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