コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

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■ 悪い男のすすめ2008. 2.25

「悪い」というのは悪(つよ)いとも読む。
医学医療では、悪性というと、多く癌を指すが、癌細胞というのは、その発生した生命体を破壊してしまう程強い。つまり悪い。

多くの企業が、毎年倒産しているが、多くその原因は、経営にあるらしい。業界、環境、不景気とはあまり関係ないらしい。もっとハッキリ言えば、経営者トップに力が無かったことが原因だそうである。

そして、驚くべきことに、マスコミでまだ当然のごとく喧伝されているように、経営者のアンモラル、不正、悪辣さにその倒産の原因があるのではなく、殆んどの倒産企業のトップ経営陣は、善良で真面目で悪いことができない優しい人々が多いそうだ。

善良さというのは、或る意味弱さでもあるのだ。
男の場合、「良い人」というのは、女性から見ると人畜無害の魅力の無い人を指す。
弱い人には、本質はともかく、一般的に弱い存在とされる女性も子供も、「良い人」には守ってもらえない気が、本能的にするのだろう。
善良な男は女性にモテない。

このことは高校時代に知った。
アウトローや非行少年やヤクザは意外にモテるのだ。何となく分かる気がするけれど、当時はビックリしたものだ。

ある種の冷徹さ、冷厳さというのは、何事にも必要だ。特に責任ある地位にいる人は、全体を守る為に非情にならなければならない時もある。
リーダーは、イザとなったら、情より理を優先させるべきだそうである。

もともとは、性善説が好きであるし、万事「人はみな本質は善良である」という考え方で、判断行動している・・・つもりである。
しかし、倒産企業の多くのトップは、どちらかというと紳士でおひとよしで善良であると聞けば、心穏やかではない。

善と悪、正と邪、いずれも言葉として存在しているし、この世界に相変らず悪は無くならない。
人間の邪悪さとか不正は大嫌いである。
けれども、その悪が存在している以上、時には戦わなければならない。戦う為には強さがいる。
夜の街で「悪い男」というのは必ずしも「けなし言葉」ではなく、どちらかというと誉め言葉だ。少なくとも、「イイ男」と対比される表現ではない。

「悪い男」の反対は「良い人」で「イイ男」の反対は「ダサイ男」だ。
「イイ男」には色々あるけれど、「ダサイ男」は決まっている。それは、弱い人に優しくなれず、無闇に威張りちらす男だ。

悪い男は、強い男だ。アタマが良く、駆け引きもできる。時に氷のように冷たくなることもできる。
孤独にも強い。そんな風に思う。

レイモンド・チャンドラーの言葉
タフでなければ、生きてはいけない。
優しくなければ、生きている価値がない。
タフ、つまり強く(悪く)て優しい男は世界中で普遍性のある「イイ男」の典型である。・・・と思う。

ありがとうございました。


追記【1】
よく時代劇なんかで「悪元太」なんて名前の人物が出てくるが、実際にある名前らしい。
悪いというのを強いというのを期待しているのだろう、多分。

追記【2】
先日、芥川賞で「アサッテの人」という作品が受賞したが、この中でモンゴルの子供の名前は、どちらかというと悪い意味の内容の言葉で名前をつけてあるそうである。
例えば、名前が「無い」とか「クソ」とか「バカ」とか、だそうである。「名前は?」と聞かれて「無い」と答えられたら困るでしょうねェ。
目的は、悪魔に子供をさらわれたくないから・・・、だそうである。ナルホド。

「悪」にも、チャント存在価値があるのだ。


たくま癒やしの杜クリニック
浜田朋久


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