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■ 読書のすすめ | 2008. 2.11 |
この文章を読んだ人に、「得をしたなあ」と感じてもらう為に、出来るだけシンプルに、富というものを得る、秘訣みたいなものを書いてみたい。 実際に自分が富を得たとはまだ感じていないので、長寿でない若者が学究的に得た知識を「長寿健康の方法」みたいな本(実際に出版されている)を出しているようで、気恥ずかしいが、敢えて厚顔を承知で筆を執った。 富裕層という言葉が「お金持ち」に取って変わっているらしい。 富裕層には2種類しかないそうだ。 【1】富を相続した富裕層 【2】富を、努力や知恵で獲得した富裕層 【1】には説明は不要であろう。 【2】を読まれると分かるようにども富というものは、知恵や知識で生み出すものらしい。実際に富裕層の人々はお金そのものや物品よりも知恵や知識を大事にするらしい。 それらが、富を生み出してくれるのを知っているからだ。 その知恵や知識であるが、新聞やテレビで流される情報ではないことを書き添えておきたい。何故、新聞やテレビの情報が価値が無いかというと、それはもう、差別化されたものではなく、一般化したものだから、富を生む情報としては殆んど無価値だからである。 富者は、本を読んで知恵知識を集める。 それは古今東西、広く深く、厚く高くだ。 人間の歴史、科学技術、哲学、心理学等。無限の知恵知識は、実は書物の中にある。 モチロン、最近はDVDやカセットテープやCDにもそれらは入っているが、やや普遍性に劣るし、中身はやはり言葉であるから、書物と理屈としては同じである。 このことには「知識情報社会」の進展の為に、ますますこのことに拍車がかかっている。このような理由から、一般に群れたがる人は富まない。 流行に乗っている人も富まない。 時流に乗るのだ。「時の流れに身をまかせる」のではなく、「時流を読み、流行をつくり出せる人」が富裕層へ仲間入りする。 格差社会という言葉も、実のところあやしいものかも知れない。相続された富者ではない人で、最初から、富んでいる人などいないのだ。 殆んどの富者は、努力と知恵と度胸でその富を獲得してきた筈だ。 人々の嫉妬心と羨望が、「各社社会」という言葉を生み出しているのかも知れない。 ただし、弱者という人々は、確かに世の中にいる。それは、具体的には、富を得る為の知識、知恵、情報を得る為の努力を怠ったって来たというよりも、それらを得る知力を色々な理由で持っていなかった人々だ。 だから、社会全体を見渡してみると、知力の劣った人々が或る意味、最も気の毒に見える。 時には、脳の病気(脳卒中、脳梗塞等)後天的なものもある上に、アルコール中毒など、知恵知識の無さによるひとつの油断によって、生じた知力の衰えもあるし、高齢よるものもあるが、こと知力については、かなり用心深く、その維持、保守に努め、日々、努力を惜しまなければ、日々、月々、年々、知識は増えていく筈である。 知力を衰えさせるものはアルコールのような脳毒性の高い薬物だけとは限らない。 一部の音楽や、ゲームや、テレビや、インターネットもそれを衰えさせる可能性があるそうだ そのメカニズムの詳細は割愛するが、少なくとも読書よりも知力を磨かないし、知力を磨く為の相当の時間を人生から奪っていく。 読書をすれば、富を得るとは限らないが、富む為の方法の最も簡単な手段である、読書という方法を放棄するのは、人生において少しモッタイナイ気がする。 富というものに多少でも興味のある人々にとっては特に・・・。 ありがとうございました。 たくま癒やしの杜クリニック 浜田朋久 |