コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

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■ 名医というもの2008. 1. 4

今日から仕事始めだ。少し緊張する。
さて、「名医」とは、名の通った医者を指すが、時々、自分に言われると、面映ゆいというより、あまり愉快ではない。

昔の中国の話である。
魏という国の文候、つまり王様ですネ。
この王様が時の名医の、扁鵲という医者に、お前の3人兄弟の中で誰が一番名医かと尋ねられて答えた言葉が以下だ。
実はこの扁鵲という医者は3人兄弟の末子である。
少し難しい言葉ですが

「長兄の病を看るやその神を視る。
未だ刑迹あらざるに早くこれを除くを以って、その名、家の外にすら聞こえる事なし。
中兄の病を治するは、毫毛に入りその根本を癒やす。故にその名国にあれども一地方を出でず。
扁鵲(名医)の如きは、血脈を掘り、毒薬を投じ、肌膚の間に副うて、これを治するを以て、処方華々しく、その名、諸候に及ぶまで聞こゆるなり」と。

要約すると、
長兄は病気が起こる前に予防してしまうので、名前は家内でとどまり、中兄は病気の根本を治すので有名さも一地域でおさまり、末弟の「名医」は色々の技術を駆使して病気を治療するのでその名前は国中に響き渡る。真の意味の「名医」とは何かを考えさせられる話だ。

最近の雑誌などで名医特集、病院ランキング等を買って読んでみるが、内心は、嫉妬というより、何かしら「あざとい」という感じを抱く。
モチロン、高度先進医療、漢方医、救急医を含め、あらゆる科に、名医はいると思うし、それを否定する気はないが、少なくとも名医イコール良医ではないし、設備と同じように、技術を使うのは人間であるので、医療というのは人間対人間の間に生じる、芸術というか、交流というか、愛というか、数字にして表すのには少し無理があると思う。

今時はみんな、データ、数字が大好きであるから、医者の側でも数字を示す必要があり、病院機能評価だの、5年生存率だの、癌発見率だの、果ては、検査のスピード競争まである。

医療を受ける側として、全くの個人として見れば
「治るか、治らないか」
「満足したか、しなかったか」
「生還したか、死んだか」
だけの筈だが、何となく数字にだまされる。

大学受験の合格率なんかもそうだが、80%だの30%だのは、個人ではあり得ない。純粋に、個人としてみれば、合格するかしないかは、50%フィフティフィフティー。つまり、合格するかしないかの2つしかないのだ。


ありがとうございました。

たくま癒やしの杜クリニック
浜田朋久


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